6:隠された真実Ⅲ
「それも……命令?」
以前とは違う物言いに、変わらない意図なのか尋ねてみた。クランツは少し反応した後、ゆっくりと再び口を開く。
「……そうだ」
「もし私が承諾したら、私は……どうなるの?」
「……今までとは違う生活になる」
違う生活。具体性のない響きに、どのように変貌してしまうのか少し怖くなる。
「学校は……」
「目が届きやすいように、違う学校になるだろう」
「……ギルやリアちゃん、スカルさんとは……」
「魔界の住人なんだ。会わすわけにはいかない。だが、それが一番確実なんだ」
「紗希……」
リアちゃんのか細い声が聞こえる。袖を引っ張るリアちゃんがいつも以上に、ずっと幼く見えた。私がどう答えるか、不安なのだろうか。
「大丈夫」
私は、なるべく明るく言ってみせた。不安なら、安心出来るように。
「私は今のままで大丈夫。今のままで、皆がいるから」
「……っ。……あんたは、分かってない……。こいつらは……、こいつは……こいつが、殺したんだ……!」
「クランツ……!」
感情的になったクランツを、今度はイグニスさんが止めに入る。我に返ったクランツは、くそっとだけ呟いた。
言葉の意味。その全貌までは分からない。だけど、クランツがギルに敵意を向ける理由が、少しだけ分かった気がする。クランツの大切な人を、ギルが殺してしまったということなのか。
「ギルが……誰かを殺したの?」
「……あぁ、そうだ……」
僅かな沈黙の後、クランツは答える。苦々しく、重い口調だった。
本当に?
何かの間違いではないのか。
もしくは何か理由があったのではないのか。私はギルに助けてもらったことがある。自分の中にあるその確固たる事実が、そう疑問を抱かせた。
けれど、辛そうにとれるクランツの表情。それを前にして、真実であるか。そう問いかけるのは無粋だった。これ以上訊き出すことすら躊躇いそうになる。
「それは……」
でも今は、そんなことを言ってる場合じゃない。もしかしたら酷なことかもしれない。それを承知の上で、私は口を開く。
「もういいだろそれは……」
そこでギルが被せてきた。意図したものだとは思わないが、語られたくないとしているのは分かる。
「もういい……だと。あぁ、そうだろうな……。貴様には、もういいことだろうな!」
癇に障ったのか。クランツは地を強く踏みしめて、ギルに近付く。そして、ギルの胸倉を掴んで吠える。
「だが俺には、俺にとっては全てだ!?」
「………」
「クランツ。止めて」
再びイグニスさんが止めに入る。だがさっきとは違い、優しく言い聞かせるような雰囲気だった。
「横槍を入れるな。こいつは……」
「紗希ちゃんは今のままでいいと言ったのよ。なら、これからどうするべきか。貴方も分かるでしょう?」
「……っ……」
何かを言いかけて、でもそれを、クランツは喉の奥へと抑え込む。ぎりっと歯を食いしばり、ようやく言葉を振り絞ったようだ。
「……ギル……。この娘を、囮として扱うのはいい加減止めろ。何があっても貴様も……」
「俺に……指図すんじゃねぇよ」
バッ……とギルが振り解く。掴まれた胸倉は、引きちぎらんばかりの乱暴ぶりで弾かれた。
「まさかお前……俺に、紗希を護れって言いてえのか。冗談じゃねぇ。俺は………処刑人だ。護るとか、そんなことしねぇんだよ。殺すのが、役目なんだからな。殺すことしか……」
「……だったら、それでもいい」
「お前、何言って……」
「片っ端から、魔界の住人を殺せばいい。俺も、そういうやり方しか知らない。それでも無理だってんなら、今すぐ消えろ。だが、今ここで護ると誓うなら、貴様を殺すのは後回しにしてやる」
「……お前」
ギルに殺意を抱いているのは変わらない。だというのに、クランツは自分のことよりも優先させた。何が彼にそうさせたのか。それが執行者の使命だからなのか。
「……どういう風の吹き回しだ」
「いいから答えろ! 誓うのか、誓わないのか」
「決まってる」
ふ、と鼻で笑うギル。そして、意を決したように言い放つ。
「誰が誓うか。俺は変わらねぇ。魔界の奴らを殺していくだけだ。そんなに護りたいなら、てめぇが護ればいいだろうが」
「……。……そうか。やはり、貴様はそうなんだな」
クランツは、何かを納得したかのような口振りだ。その表情からは心境を伺えない。目に見える怒りは静まったかのようだが、本当にそうなのか。落胆してしまったのとも違うように思う。
「クランツ……あの……」
私のことであるのに、何処か私自身が入る余地がないように感じてしまっていた。ようやく口にしたのは、クランツの心情を気にかける、ありふれた出だしだった。
「すまない。あんたには、訳の分からない部分が多い話だったな。だが悪いようにするわけじゃない。機関が嫌というなら、今のままでも俺があんたを護るよ」
「……え、あ……ぅ」
護る。はっきりとした真っ直ぐな言葉。
今まで読んでいた漫画では、よく絶対に守るってヒロインが言われているが、私自身がそんなことを面と向かって言われたのは初めてのことだ。
素直に受け止めるのは至難の業で、何て返すべきか分からず、口ごもってしまう。顔が熱くなってしまうのも、仕方ないはずだ。
「わ、私だって……紗希を、護るから」
そうしているうちに、リアちゃんの方が先に言葉を放った。
「……う、うん、ありがと」
気恥ずかしさは残っていたものの、男の人に言われるよりはまだマシみたいだ。何とかお礼を述べると、リアちゃんは不安そうな表情から、ぱあっと明るくなったようだった。