6:隠された真実Ⅱ
魔界の住人に狙われる人間。処刑人と一緒にいる人間。それらの要素が、執行者の耳にも入っている。
自ら納得出来る理由を頭に浮かべた。だけど、私の耳に入ってきた言葉は全てを否定してしまった。
「そう、あなたが。大きく、なったのね」
「え……?」
耳を疑うとは、まさにこのことだった。私が導き出した理由では辻褄が合わない言葉だ。
ギルと出会って魔界を知って、執行者という存在も知ってから、私がそんな大きくなったわけもない。
「あの……それってどういう……」
「イグニスっ!!?」
牽制する声が上がる。それは怒声じみた叫びだった。びくっと私の方が遮られてしまったわけだが、名指しされたイグニスさんも気付いたように謝罪した。
「……ご、ごめん。クランツ。紗希ちゃんもごめんね。私が勘違いしただけだから」
「で、でも……」
勘違い。本当にそうなのか。名前を確認したことでどう勘違いしたのだろうか。
それに、勘違いだったならクランツが叫んでまで止める必要があったのか。勘違いというだけでは疑念を払拭することが出来ず、私は追求しようとした。
「あんたには関係がないことだ。だから気にするな」
だけど、クランツに押し止められてしまう。さっきまでの、険悪にも思わせる雰囲気とは一転、優しめの口調で遮られる。
だが、その表情は焦りと苦みが滲み出ていたように感じてしまった。
「関係ない……ねぇ。嘘ついてやるなよ。可愛そうに。紗希ちゃんが一番、関係あるだろ?」
「え?」
「貴様……」
「だってそうだろ。聞いたことがあるよ。紗希ちゃんは……」
そこから先は語られなかった。私が何なんだろうと、一番気になるところは一切ないうちに。
「アッシュ……いくら何でも、その先を言ったらあんたを殺すわ。上に咎められようと何だろうと」
アッシュが言葉を切ったのは、命の危険があったからだった。いつの間にと思わせる速さで、イグニスさんは自身の螺旋槍を片手で、アッシュの首もとに向けていた。
だがアッシュは、すぐに調子を取り戻して口角をつり上げる。
「怖い怖い。まぁそもそも、イグニスちゃんが口を滑らしたからからだろ。人のせいにしないでもらいたいな」
「……っ。早く、捜しモノに会いに言ったらどうなの?」
「それもそうだね。邪魔そうな僕は早々と立ち去るから、いい加減下ろしてもらえるかな。それにクランツも」
イグニスさんだけではない。クランツもアッシュのこめかみに銃口を向けていた。
「消えろ。今すぐに。それから、二度と顔を見せるな」
「こっちだって君と顔を合わせたいわけじゃない。行くからそろそろ下ろしてくれないか」
自由となったアッシュはきびすを返し、テスティモと共に歩み始める。
「あぁそうそう。処刑人……ギル、だったかな? 途中まではけっこう良かった。クランツが死んだりしたらまた来るから、その時にはちゃんと黒炎を見せてほしいね」
「そん時は後悔させてやるよ」
「いいね。あと紗希ちゃん」
「あ、はい」
「さっきのが気になるんなら、ギルにもでも聞けばいい。きっと誰よりも、詳しく教えてくれるはずだから」
「え……」
銃声が響く。アッシュは闇に溶け込んで行った。
あとに残るのは疑惑。ギルも何か知っているのか。一体どういうことかなのか。考えても分からない。
「ねぇギル、どういうこと?」
「知らねぇよ。イグニスの勘違いだろ」
「嘘。絶対嘘。何か隠してるの?」
「……隠してねぇよ。何も」
あからさまに目を反らすギル。
「そん……」
「紗希ちゃん、落ち着いて。私がよく似た知り合いと間違えただけ。クランツは間違いを指摘したの。アッシュはああいう性格だから、面白おかしく混乱させただけ。本当に、それだけよ」
肩に手を置かれイグニスさんに説明される。真剣な眼差しで、そう説得された。
「でもそれは……」
「信じられない?」
「っ……」
信じることが出来るか。アッシュに言われたのと同じ問い掛け。
ギルを信じると、もう決めたはずだった。だが、確かに今、私はギルに疑念を抱いた。その事実は、その指摘は、言葉に詰まるほどの衝撃を受けてしまう。
「信じられないならそれでもいい。でも今だけは、勘違いだったということにしておいて」
「イグニス……」
「仕方ないでしょ。紗希ちゃんだって、もう大人なんだから、簡単には騙されてくれないもの」
「……」
「……でも、今は話せない」
あくまでも今は騙されていてくれ。そう念押しされ
る。
「私は……」
「今の紗希ちゃんは魔界の住人から狙われている立場にある。だけど、ギルもクランツも、貴方を必ず護るから。だから……」
むしろ切に願うような印象だ。私はそれに、どうすればいいか分からない。ここから、なおも追求する術を私は知らない。
「……」
「……神崎紗希。もう一度言う。機関に来ないか?」
「え?」
返答出来ずにいると、クランツが先に口を開いた。
「前にも言ったように、そうすればより安全に保護出来る」
以前のように、クランツから再び提案された。
「ギルはあんたを囮だと言った。今まではたまたまだ。こいつには、あんたを助ける気なんかない。だが……」
「でも、それは正当防衛を成立させるためだったんじゃ……」
出会った頃を思い出す。確かにそう言われた。だけどそれは、ギルと戦う許可がないのを打破しようとした布石だった。そのことも結局、有耶無耶になっていたはずだ。
「いや、結果的にはそうなったが、申し出に偽りはない。機関で保護が出来ればより安全なのは確実だ。いや、それが一番良いんだ」