5:鎌ⅩⅠ
「いったいな。ったく。殺す気か」
「お互い様だろう」
まだ距離はある。テスティモもまだ手にしていない。クランツは痛む腕で装填を続けた。
「怖い怖い。そう殺気立つなよ」
「無事かアッシュ」
「あぁ、まぁ無事とは言えないけどね。面白くなってきた」
「だな」
口角をつり上げる。アッシュにはまだ余裕がある。当然だった。既にクランツに右腕があったのは誤算だった。
だがそれでも万全には程遠い。装飾銃を撃てば、反動で衝撃に襲われる。繋がったとはいえ完治に至らない右腕ではそうは撃てない。普段冷めた表情をしていると認識していれば、今のクランツを見れば容易にに想像が付く。
今の銃身による殴打も、アッシュの油断に他ならない。邪光鎌を防ぐ手立てをクランツは有していないだろう。
今度はちゃんと数えればいいだけだ。
「わざわざ装填するのを待つのも悪手だし、ねぇ?」
「ち……」
宣言した通り、待つはずがない。アッシュはテスティモを手に取ると、瞬時に駆ける。左の装飾銃だけでも装填し終えたクランツは、すぐに旋回するように距離を取る。
「テスティモ、あれ、頼んだ」
「あれか? あれって疲れるんだよな」
「嫌なのか?」
「いいや、任せろ」
距離は詰めていない。まだ優にテスティモは届かない。そんな間合いで、アッシュは鎌を振り上げた。
「飛昂閃」
空を斬るモーション。それに合わせて邪光鎌を起動し、テスティモの刃が邪気に包まれる。そして、刃の型をした邪気が飛翔した。
私のカマイタチと似てる。それがリリアの感想だった。だが安々と口にする気にはなれなかった。その威力、技としての完成度は遥かに負けていた。自ずとそう感じさせられたのだ。
「飛び道具か」
邪気の刃。銀の閃光で相殺する。それだけがクランツの対抗手段だ。破邪の閃光をぶつけ、飛翔する刃を殺す。
「いや、ただの囮だよ」
何のフェイントもなく放った一撃。いくら強い威力とはいえ、執行者であるクランツが安々と喰らうはずがない。アッシュの目論見は正しい。ただ放つ気などさらさらなく、邪気の塊に紛れて接近を図った。
「あぁ。そうだろうな」
正確に、邪気が晴れたところに現れるアッシュに銃口を向けていた。
「無駄だと言ってるんだけどね」
互いに出方を予測している。銃口を向けられようが、邪光鎌の前では突破口にはなり得ない。
「それも承知済みだ」
今までは片方の銃だけだった。それが今、二つの銃口が向けられていた。
「二重の閃光」
「くっ……」
単純に二倍の威力だ。いくら特化した邪光鎌とはいえ、耐えられない。そう思わされた。だがそれでも、纏う邪気を大きく展開するしかなかった。
「耐えろよ。テスティモ」
「……あっぐっ……! 毎度……無茶させてくれるぜ……」
頼みの綱はテスティモが握る。バチバチと破邪の光と邪気がぶつかり合う。
「テスティモ、ちょっと任せた」
「……ぐくっ、あぁ……?」
下手すれば自身が消滅させられてしまう。テスティモが歯を食いしばる中、アッシュは告げた。
このタイミングで?
テスティモは疑問に感じたが、すぐに納得した。
テスティモを手放し、跳ね上がるアッシュを目で追う。その先には、既に飛び上がっていたクランツがいたからだ。銀の閃光は銃弾を媒介にしている。撃てばそれきり。クランツは放ったあと自由の身である。銀の閃光に耐えている間に、上空から撃ち抜くつもりかとテスティモは舌を打つ。
銃口を向けていたクランツの元へとアッシュが接近している。アッシュが気付いたのが些か早かった。早々に撃つに限るが、その前に両手にナイフを携え、斬り込む寸前であった。
「惜しかったよ」
「いいや好都合だ」
ガキィン―
斬り込むナイフに対してクランツは装飾銃で弾く。そのまま流れるようにナイフと銃の打ち合いが始まる。
「それはどういう意味かな?」
「簡単なことだ。鎌が邪魔だった。今は分断した。それだけだ」
「……!?」
同時に目の前に銃口が向けられる。しかも銃口が僅かに光を帯びる。人間だろうが関係ない。クランツは容赦なく引き金を引いた。
「ちぃ……!?」
喰らうわけにはいかない。装飾銃を弾いて軌道を反らし、致命傷は免れる。
(……かすっただけか)
銃弾だって無限ではない。正直なところ、対魔界の住人の銃弾ともなれば、非常に貴重である。補充の分はもう持ち合わせていない。今銃に残っている弾だけで仕留めなければならなかったが、数少ないチャンスを潰された
「繋がったばかりの右は荷が思いだろうね」
「……っ」
銃の反動。打ち合う衝撃。不安定な右腕は戦うには脆さが際立つ。アッシュは当然ながら着眼した。辛うじて銃身で受け止め刃は通さない。がしかし、衝撃を殺しきることは出来ない。
「くっ……」
握力の衰えもあっただろう。右手の銃を弾かれてしまった。クランツは攻撃の手数を無くしたと言っていい。同時に護りさえも。
アッシュのナイフさばきを銃一丁で防ぐことは困難だ。だからこそ窮地を脱しなければならない。クランツは空いた右手でアッシュの左手首を掴む。まさに振り抜こうとナイフを手にした左だ。
「……っ」
そのまますぐさま蹴り落とした。まだ手にしている銃を使っても良かっただろうが、アッシュも右手が使える。再び弾かれるか、またそれ以外のやり方で防がれる。
もしくはナイフで即反撃されるかもしれない。あるいは逆にアッシュが蹴り入れるか。アッシュが腕を掴まれ虚をつかれたため、クランツの方が早かったと言える。
そして、地に向かうアッシュへと、後を追うように銀の閃光が迫っていた。