5:鎌Ⅷ
「何?」
リリアが問う。この状況で、スカルヘッドが口にした言葉が引っ掛かった。
「マズイかもしれませン。恐らくデスが、ギルさんは今黒炎が使えナイ」
「……なっ!?」
「……ど、どういうことですか?」
迫るように尋ねる紗希。慣れない邪気に充てられ、興奮してしまったために少々足元がおぼつかない。
「紗希」
「ごめん。ありがと……」
リリアに支えられて転倒は回避出来た。お礼の言葉を言った後、すぐさまスカルヘッドに向き直す。
「ギルさんの黒炎は確かに強力デス。対抗出来る者などそうはいナイ。デスがその強力過ぎる炎は、代償もあるのデス。黒炎はギルさん自身をも喰らウ。現に、一時期腕が使い物にならなかったこともあるんデスヨ。酷使し続ければ、どうなってしまうのかは分からナイ」
「……っ」
ここ最近、ギルは何回使っただろう。そんなことを考え、そして紗希は、スカルヘッドの予感が間違いないだろうと言葉に詰まる。
「それじゃ……今……」
「さすがにあれだけ追い込まれているのに、使わないのはオカシイデスヨ。今が……その限界ではないかと……」
「よりによってこんな時に……」
リリアが苦虫を噛んだような表情をする。情けないとは思っても、今のままじゃアッシュという名の執行者には太刀打ち出来ない。
処刑人だけなら構わないが、アッシュは執行者としてイレギュラーだ。
口では狙う気はないと言っても、処刑人を殺した後、再度自分たち、いや、紗希に害を及ばさない保障は何もない。
リリアは風を呼んだ。
「一対一で無理なら多対一でやる」
「そうするしか、ないデスね」
スカルヘッドも今ここでギルを死なせるわけにはいかない。メスを手に取り、拡大させた。一本の槍のように携えたのだ。
だが二人が向かうより先に、繰り広げられる戦いに変化が起こる。二人には踏み出す足を止める契機となってしまった。
「強情なのも大概にしなよ」
「……く……っ」
手の内を出さないギルにアッシュは苛立ちを露わにしていた。それに相乗し、アッシュの繰り出す攻撃はより熾烈に激しさを増す。
そしてついに、ギルにも限界が来た。フェイントのように蹴りが飛んでくる。遠心力に乗せたそれを顔面に喰らい、ギルは吹き飛ぶ。すぐさま跳ねるように態勢を立て直す。
同時に距離を置くギルだが、邪光鎌を用いたアッシュのスピードはさらに上を行っていた。
「僕さ、待つの嫌いなんだよね。噂の邪炎を見たかったけど仕方ない」
「……っ!?」
素早く後退した背後に、アッシュは潜む。襲い来るテスティモの刃。避けるはもう間に合わず、両手で受け止めるには態勢が悪すぎる。無理だろうが何だろが、今黒炎を召喚しなければ殺られる間際である。
「くそっ」
観念したギルは、いまだ迷う心を有したまま、黒炎を呼んだ。
ドクン―
「……っ。何だ?」
その瞬間、ギルから強い力を感じたアッシュは戸惑い距離を取った。何か得体の知れないものだと察知した。 いや、たとえ構わなかったとしても、ギルから溢れる強い力は、周囲を吹き飛ばす程のものだ。
「……くぁ、はぁっ……はぁっ……」
ギルは打って変わって辛そうに立っていた。そもそも呼べる状態ではない。それほど弱った状態で無理矢理に魔炎を召喚したのだ。無理はない。ただ一番の問題は、呼び寄せたのは、黒炎ではなかったということだ。
「……これは……」
「おいおい、どうなってんだ?」
意外であったためか。アッシュは邪光鎌をも解除して見据えていた。テスティモも意味が分からないと口にする。
また紗希やリリア、スカルヘッドですら同様の反応を見せた。
「黒炎、じゃない?」
ギルの腕に纏うそれは、黒炎ではなかった。至ってよく目にする、普通の炎。紅く燃え盛る炎だった。
「話に聞いてたのと随分違うけど。それが君の奥の手か?」
さっきは強い力を確かに感じた。だがよくよく見れば、それは酷く弱い。何より消耗している処刑人は、脆い存在として儚く映る。
「……はぁっ、お前程度じゃあ……こいつで十分なんだよ……」
「強がるなよ。そんな炎を出したかと思えば、随分と辛そうじゃないか」
「処刑人ともあろうお方が惨めなもんだな」
「……あ?」
アッシュとテスティモの発言に、勘に触ったギルはなおも鋭い眼光を叩きつける。
「……ははっ、殺気だけはさすがってところか。だがそれだけじゃあ……僕は殺せない」
黒炎ではない。ならば恐れるものは何もなくアッシュは邪光鎌を起動させる。すぐにでもギルのもとへと向かう。勇み立つ足は、思わぬものに止められた。
「……!?」
それはギルではなく、リリア、スカルヘッドでもない。走り抜ける一筋の光。それがアッシュに向かって放たれ、間一髪邪光鎌で薙ぎ払った。
「今のは?」
そう疑問を口にしたわけだが、実のところ紗希には予想は出来ていたはずだ。今の一筋の光。見たことがあるはずだった。銀に光る破邪の銃弾。それを扱う者はそう多くない。
「ギャハハハハ! 生きてやがったようだぜ」
歩み寄る気配を感じ、テスティモは招かれざる客の登場に面白くもあり、また億劫でもあった。
「あぁ。何故今この場にいるのか不思議でならない。君はもう、任を外されたはずなんだけどね。クランツ」
徐々にその姿を表す。執行者の制服。破邪の意を示す銀色と、あくまで表に出ない隠密を示す黒色。
左手にだけ装飾銃を携え、なくした右腕の袖はひらひらと寂しげに漂う。
「それがどうした。上の意向など知らん。俺は、俺のやりたいようにやる。だいたい、貴様がそうなるように仕向けたんだろう。なのに、よく言えたもんだな。アッシュ」