5:鎌Ⅲ
「意外だね。前は何も言い返せなかったのに。何かあったのかな?」
「別に大したことは。ただ、友達が教えてくれたんです」
一瞬、友達のことを言うのを躊躇った。私はいまだに、目の前のアッシュに恐れを抱いている。今思えば、リアちゃんがいてくれて助かったと思う。ただいてくれるだけでいい。じゃないと、こうやって話すだけでも成立するか分からない。
恐れを抱いているのも、アッシュという人間が掴めないからだ。そのくせ、人の中には遠慮なく入ってくる。壁を作っても、そんなものは意味がないと言うように容易く。そんな印象が強かった。
だから、友達のことを口にすれば、今度は友達について遠慮なく足を踏み入れてくるのではないか。私の友達を貶されるのではないか。そんな不安が一瞬あった。
けど、あくまで一瞬だ。すぐに私は持ち直す。足を踏み入れられても、絶対に揺るがない。そう思ったから。何を言われても、大切な友達に変わりはなく、言い淀むことは絶対にしないと決心して私は口にした。
だから、次にアッシュが発した言葉に私は驚かされる。
「良い友達を持ってるんだね」
「……え」
思っていたのとはむしろ真逆に近かった。
「そうやって迷った時に道を示してくれるなんて、良い友達だと思うよ。信じる信じないは紗希ちゃんの勝手だしね」
「……な……!?」
あっさりと覆された。本当に信じているのか。そう何回も問い質され、私なりに悩んだのだ。ようやくその答えを得たのに、アッシュはあっさりと信じることをも肯定したのだ。
「……そんなの……」
「あはは。もしかしてけっこう気にしてた? 前言ったのはあくまで僕の考えだよ。別にカウンセリングしてるわけじゃないし。というか、紗希ちゃんが魔界の住人を信じようが信じまいが、僕にとってはどうでもいいことだしね」
「……っ……」
「改めて思いましたヨ。貴方は私の嫌いな人間だと」
「それは残念。僕は医師のことをけっこう気に入ってるんだけど」
「そうやって、心にもないことを口にするところも嫌いなんデスヨ」
「はは、手厳しいね全く。さてそろそろ時間になりそうなんだけど、処刑人はまだかな。まさか逃げたってことはないと思うけど」
「……もしかして、時間が分かってないんじゃ……」
…………。
リアちゃんが口にした可能性に全員が押し黙る。アッシュさえもだ。まさか、知らない、かも。
私も正確には分かってなかったし、いや戦わないほうがいいんだけど。分かってないなら、ずっと待ってたらいつかは来るんだと思う。krどこのままずっと?
それは酷く居心地が悪い。
「いや、来たぜ」
すぅとアッシュの隣で姿を現すテスティモ。
「はは、時間ピッタリだ」
「ふぇ!?」
アッシュとテスティモは把握しているようだが、私には分からない。何処にいるんだろうとキョロキョロしていると、がしっと頭を掴まれて驚愕した。
「お前、何で此処にいるんだ?」
「はわあ!? い、いや何と言えばいいか」
背後からだが分かる。いっこうに分かりたくないのだが、このパターンはマズい。
「紗希を離して」
あたふたとしている間に、右隣のリアちゃんがギルに向けて掌をかざしていた。僅かにその左手は光っていて、いつでも撃てると主張する。
「ついさっきまで泣いてたくせに、いつの間にか調子を戻したな。紗希のまわりをちょろちょろしてたときの迷いは吹っ切れたか?」
「茶化さないで。本当に撃ってもいいんだから」
「ふ、二人とも……」
しばし沈黙が流れる。その間何を思ったのかは分からないけど、ギルがあっさりと引いた。パッと私の頭から手を離して少しだけ笑ったのだ。
「まぁいい。殺る相手は決まってる。なぁ?」
その相手を見据えると、アッシュも素直に応える。
「そうだね。噂通りかどうか、楽しみにしてたよ。傷の調子はどうかな?」
「あぁ? そんなもんねぇな。それより自分の心配でもしたらどうだ?」
「はは、そいつは良かった。そうだねぇ。いきなり殺されるのも嫌だから、さっそくテスティモで行かせてもらうよ」
「ギャハハハ! 処刑人と殺り合うこの時を待ってたんだ。テンション上がるぜ」
ガシャッとテスティモを掴み取る。もはや戦う準備は万全だった。
「ギル」
「お前らは少し離れてろ」
「……うん」
ギルの指示に従って後退する。目もくれず、ギルは敵を注視していた。ギルも戦う準備は完了していて、もはや止めることは出来ないと思えた。
「さて、何処まで楽しませてくれるか」
「楽しむ余裕なんかやらねぇよ」
ジャリ……。地を蹴る音が合図だったかのように、両者は駆ける。ぶつかり合う。
互いに手の内はある程度知りつつも、初めて激突した戦いがついに、開始されてしまったのだ。