5:鎌Ⅱ
丑三つ時、公園で。アッシュが指定した時間と場所。とりあえずその時間帯までいつも通り過ごすことになった。いずれ帰ってくるであろう、お父さんとお母さんを心配させたくないからだ。そして丑三つ時になってから、行動することになる。
「ところで丑三つ時って何時なの?」
これからのことを、同意してくれたリアちゃんと話していて、ふと思った。よくよく考えれば正確な時間が分からない。
「え? 紗希知らなかったの?」
「あはは……あんまり使わないから。多分夜中だろうなとだけは思ってた」
「丑三つ時ってのは今で言うなら大体午前二時から二時半くらい。子丑寅って続くものを時間に当てはめて、丑は午前一時から三時の二時間を指してる」
子丑寅って干支のことかな。
「丑三つ時は丑の時間を四つに分けたうちの三つ目ってこと。だから午前の二時から二時半になる」
へぇ~、知らなかった。なら午前二時頃に行けばいいわけか。ちょっと遅くまで起きていないといけないようだ。
「起きれるの?」
「も、もちろん」
タイミングよく指摘されてしまったので、ドキッとしてしまう。何だか、いつの間にかリアちゃんには見抜かれることが多い気がしてならない。気のせいだといいけど。
「まぁ、紗希が寝ちゃったなら、それはそれで私は都合がいいけど」
やっぱり本心では、私がわざわざ行くことに賛成していないことが分かる。心配してくれてるんだと思う。リアちゃんは魔界の住人だから。執行者のアッシュをを何より警戒している。
でも、執行者だから大丈夫というより、リアちゃんやギルが対峙する執行者だからこそ、私も行かないといけない気がする。
「行くよ。私は」
改めて私は、自分の意志を口にした。まだアッシュからちゃんと理解得られていないのだ。ギルに来るなと言われても関係ない。心配してくれてるけど、それでもとリアちゃんにはっきり伝える。
「やっぱり紗希だね」
と、リアちゃんは一息ついたあと、口にした。妙に納得している様子だった。穏やかにも見える表情をつくって。そのせいで、呆られているのかいないのか、分からずじまいで、私はむぅ……と唸るだけだった。
そうして簡単に段取りを組むと、例の時刻を待った。お父さんとお母さんを迎えて夕飯を食べたあと、勉強しながらだ。少し欠伸が出てきてしまうが、噛み締めて耐える。
時間が迫る頃には、お父さんとお母さんはまた明日が早いから寝静まる。こっそり外出するには好都合だ。ギルに連れられたりせずに、自分からこんな真夜中に外出するのはやはりドキドキする。とっても悪いことをしている気がしてしまう。おかげで外に出たあとには、眠気は意外にも吹っ飛んでいた。
「……来たね」
公園に着いて広場まで走ると、そう声をかけられた。
「ってあれ? 紗希ちゃん?」
「はい」
ベンチに仰け反るように座って待っていたアッシュ。当初ギルだと思ったのか、立ち上がったアッシュは来たのが私であったことに驚いたようだ。
「私もいるけど」
猫から人の姿へと変わるリアちゃん。これ以上ないくらいに嫌なのが声からも分かってしまう。
「へぇ、意外だな。リベンジでもしに?」
「……違う。ただの見物」
嫌がるのは当たり前だった。リアちゃんにとっては負けた相手だ。それを承知でついて来てくれたんだと、今更ながらに気付く。何でもっと早く気付かないんだと、私は自責した。
「まぁいいさ。今日は君じゃないから」
そう言ってアッシュは嘲っている。実際に笑みを確認したわけじゃない。いくつかの電灯で照らされているが、アッシュは興味がないのか、明後日の方を向いたのだ。だから、口の動きは分からない。分からないはずだが、おそらく嘲っている。不思議なことにそう思えたのだ。
そしてジャリ……と音が聞こえた。私に聞こえたのだから、アッシュもリアちゃんも聞こえたと思う。見れば二人とも音した方を見据えていた。
「まいったな。観客が多いと緊張するな」
光に照らされたのは白衣。足を踏み入れ、姿を現したのはスカルさんだ。
「まだ始まってないったようデスネ。紗希さん、やはり来てましたか。……あ……」
「あ、すいません。リアちゃん無事に見つかりました」
スカルさんは、リアちゃんがいることに気付いたようだ。せっかく親身になってくれていたのに、まだ伝えていなかったと思い出す。
「いえいえ。見つかったのなら何よりデスヨ。良かったデスネ」
「はい」
「……ふ~ん。何だか分からないけど、紗希ちゃんは相変わらず信じちゃったりしてるのかな」
アッシュが口を挟んでくる。私が変わらずリアちゃんと一緒にいること、スカルさんと変わらず話をしていることが気に入らないのか。そこまでは分からないけど。
「そうです。何も知らないから疑うのが当然とあなたは言ったけど、誰かを信じるのに全部を知る必要はないし、そもそも全部を知るなんて不可能です」
もう心は折れない。この前の夜、何も言い返せなかった時とは違う。はっきりと主張した。
反応したのはアッシュよりもリアちゃんの方が早かった。
「……紗希?」
「大丈夫。私は信じてるから」
あの時いなかったリアちゃんは、おそらく何も知らない。だからこそ、余計な心配はさせないように、私は改めてリアちゃんに気持ちを伝えた。
「うん。ありがとう」