5:鎌
リアちゃんと帰ってきてまずしたことは、お風呂に入ることだった。傷のほうが気になったけど、お風呂くらいなら大した問題じゃないとのことだ。
確かに傷らしい傷はなく、それどころかシミ一つない綺麗な白い肌だった。
「最近入ってなかったんじゃない?」
「ぅん、でも……」
と、リアちゃんは何だかしどろもどろになっている。帰り道では、また元のように仲良くなれたと思っていたのだけど。
「や、やっぱり……」
「もう何で我が儘言うの」
「だ、だって……」
いったい何なのかは分からない。リアちゃんの顔は真っ赤になってしまい、俯いてしまっている。構わず私は綺麗な金髪の髪をしゃかしゃかと洗う。
「恥ずかしい?」
「それもあるけど……」
「はい。頭終わったよ。流すからね」
「…ぅん」
バシャーとお湯をかけると、泡立ったシャンプーはみるみる流れてゆく。泡の下からはリアちゃんの金色の髪が顔を出した。
これだけ長く綺麗な髪だと、根気よく洗う必要があった。トリートメントも欠かすわけにはいかない。次はリンスをすると、再びリアちゃんには目を瞑ってもらった。
こうやって一緒にお風呂に入って、代わりに洗ってあげていると、何だか妹が出来たみたいに感じる。前からこうすればよかったと思う。
「また流すからね」
「……ぅん」
お湯で流して頭はとりあえず終わった。次は身体を洗うために、リアちゃんの髪を結ばないと。
「じっとしててね」
私自身あんまり髪を結んだりしないから少し手間取ってしまう。
「何してるの?」
「ん? ちょっと邪魔だから髪を結んでるんだけど」
時間がかかっていたからか、リアちゃんに尋ねられてしまう。そのまま伝えると、リアちゃんは別にいいのにと言う。どうやら普段から気にしていなかったらしい。
「駄目だよ。ちゃんとしないと。せっかく綺麗な髪なんだから」
「そうかな」
「そうだよ。ちゃんと大事にしないとね」
「うん。紗希が言うなら大事にする」
「っと、出来た」
髪を上に押し上げるように、ポニーテールを作る。ただのポニーテールだとやっぱり背中に届いてしまうので、せめて肩の近くまでになるようにするため、時間がかかってしまった。
「はい。じゃあ身体洗うからね」
「…………にゃ!??」
「!?」
よっぽど驚いたのか、リアちゃんは猫の言葉を発してしまっていた。さらには、ぴょこと頭に黒い猫の耳、まあるいお尻からはひょこと黒い尻尾が出ていた。
「そ、そんなに驚かなくても」
「……あ、いや、じ、自分で洗うから」
「いいよ、遠慮しなくても。ちゃんと綺麗になるように洗ったげる。ほら前向いて」
「……っ……!?」
「あ、あれ? リアちゃん?」
向かい合うようにリアちゃんを向かせると、突然リアちゃんは有無を言わなくなった。力も抜けて……ってもしかしてのぼせた?
「ぅあ、え、えと、のぼせた時はどうすれば」
私の方がパニックだ。とにかくリアちゃんを連れ出して、急いで私の部屋に運ぶ。
風邪引かないようにしっかり拭いて、適当に服を着せて、ベッドに寝かせる。そのあと、びしょびしょになった家の中を拭いたり対処して、リアちゃんが起きるのを待った。
「ん……」
「あ、気がついた?」
「あ、紗希……」
「覚えてる? リアちゃんのぼせたみたいだったんだけど。もしかしてお湯熱かった?」
「……あ、いやそうじゃなくて。い、いや違うの。ただ紗希の……」
「私……?」
「ぅ、ううん! やっぱり何でもない」
不覚にものぼせてしまったことが恥ずかしいのか、リアちゃんはお風呂でもそうだったように顔を赤くさせていた。そんな気にしなくてもいいのに。
「あ、この服」
自分がいつもの黒い服じゃなく、少しぶかぶかの白いT-シャツとデニムの短パンを履いてることに気が付いたようだ。
「あ、うん。私のなんだ。ちょっと大きいかもだけど、裸のままにするのも良くなかったら」
「……紗希の……」
「あ、もしかして嫌だった?」
「だ、大丈夫。すごく良いと思うから」
「そう? なら良かった」
よく分からなかったけど、デザインのことかもしれない。猫の姿になれば問題なかったけど、やっぱり一着しかないのもあれだし、今度リアちゃんの服を買いに言ったほうがいいかな。
「お茶飲む?」
「うん」
グラスについだお茶を渡すと、リアちゃんは両手で行儀よくコクコクと飲み干す。何だか可愛いなと思う。
「おかわりまだあるからね」
「うん、ありがと」
そう口にしたけどもういいのか、グラスを預けようとはしなかった。代わりに、疑問を投げかけてきた。
「今夜行くつもりでしょ?」
「ふぇ? ……え、えと、何の事かな?」
我ながら苦しい惚け方だ。
「さっきから紗希、時計ばっか見てる」
「それは、何時か気になって」
「何で?」
「うっ」
被せるように追及されてしまう。真っ直ぐ向けられる双眸に、私は正直になるしかなかった。
「白状すると、リアちゃんの言うとおりです」
「別に紗希が行く必要ないと思うけど。処刑人には来るなって言われたし」
「それは……そうだけど……」
確かにギルに来るなとは言われた。それにテスト前だし、勉強を優先するべきではある。私が行く必要は全くない。ないけど……。
言い淀んでいると、リアちゃんがふっと柔らかく微笑んだ。
「……紗希ってほんと頑固だよね」
「そ、そうかな」
「私が止めても行くんでしょ」
むむ、何もかもお見通しみたいだ。もし此処でリアちゃんが絶対に阻止しようものなら、行かないとだけ言って、こっそり行こうなんてことも考えていたくらいである。
「まぁ」
「じゃあ私もついて行く」
「え? でも……」
「もう大丈夫。傷だってけっこう癒えてる。少なくとも、紗希一人で行くよりかは大分違うと思うけど?」
そりゃそうだ。私に何が出来るのか、教えてほしいくらいだ。それに、リアちゃんが来てくれるなら心強い。
「じゃあお願いしていい?」
「うん。分かった」
元気になってくれたからか、リアちゃんは眩しいくらいの笑顔を見せる。それが何だか嬉しくて、私も自然と頬が緩んだ。