4:胸中Ⅵ
空はまだ明るい。正確な時間はだいたい昼過ぎだろう。
執行者であるアッシュは、ファーストフード店で買ったであろうバーガーを、ビルの屋上でかじっていた。
都市に比べれば、高い建物はほとんどない。この街はようやく発展し始めたと言っていい。紗希の家や学校から少し離れたところからが手始めらしく、少し差が生じていた。
アッシュがいるのは、発展を始めたビルの一つの屋上だった。人気はなく都合が良い。閉鎖しているか否かは分からない。というより、そんな理由は彼らにはさらさら興味はなかった。
柵を背もたれにしてしゃがみこんでいるアッシュは、唐突に悪態をつく。
「しまったな。ピクルス抜いてもらうべきだった」
「何だそりゃ」
「不味いから嫌いなんだよこれ」
アッシュは、バーガーに挟まったピクルスだけを抜き取った。
その様子、というよりピクルスを目にしたテスティモは心底嫌そうな声を上げる。
「何だその緑は。それがピクルスか」
「ああそうだよ」
指先で挟んだピクルスを、アッシュは投げた。狙いは紙袋。ではなく、テスティモの頭蓋骨の口の中だ。
「ぶっ! おいこら! テメェの嫌いなもんを俺の口に放るんじゃねぇ! ん? けっこういけるじゃねぇか」
「そりゃよかったな」
アッシュとしてはふざけたつもりだった。それがまぁ、味が分かるというのだからいまだ不思議だ。長い付き合いとなるのだから、アッシュは一応知ってはいる。テスティモは別に栄養を必要としないが、どうやら味覚はあるらしいと。
だから、たまにこうやって餌をやるようにあげる時もあるわけだが、どういう仕組みなのか、謎だらけである。
ただ今回に限っては、ピクルスをけっこういけると評するテスティモに驚いたようだ。アッシュは内心、よくこんなもんが食べられるなと、誰もが嫌いな食べ物について思うことを考えていた。
食べ物を咀嚼するようにカタカタと動き、ピクルスを堪能したテスティモはアッシュに疑問をぶつけた。昨夜から感じていたことだ。
「なぁオイアッシュ。何で今日なんだ?」
皆まで言わずとも伝わるであろうという考えのテスティモは、最低限のことしか言葉にしなかった。詳しく付け足すならば、処刑人と戦う日を、何故今日に早めたのか。戦闘を好み、黒の処刑人ともなればウズウズしてしまうテスティモにとっては、この上なく有り難いことだ。文句などあるはずがない。それでも疑問に感じ、口にしたのは、アッシュが何故そうしたのか。処刑人が本調子でないのは理解している。少しでもそれに近付けさせるために当初時間を置いたはずが、どういう心境の変化があったのか興味があったのだ。
対するアッシュは残り一口といったバーガーを食べきる。コーラをストローで飲み、一呼吸置いてから答えた。
「大した理由じゃないさ。処刑人に本気になられちゃ負けるだろ。本調子になる前に叩いてやろうかとね」
それは随分と弱腰な理由だった。だが弱肉強食の世界においては必須の考えである。何よりも生き残ることを前提に考え、敵が弱っているならその隙を狙う。特に、魔界の住人を相手にする執行者なら、殲滅を優先しなければならない。だがアッシュの表情は、微塵も言葉通りを示しておらず、はたから見れば薄ら笑いを浮かべていた。
「ギャーハッハッハ! よくもまぁそんなホラを吹けるもんだなテメェは。何年の付き合いだと思ってんだ馬鹿も休み休み言いやがれ!」
「少しは信じろよ。なんちゃってとか言えないだろ」
「言う必要ねぇだろうが。本心言ってみろよ。大方テメェも俺とおんなじなんじゃねぇのか?」
「はは、付き合いが長いってのも考えもんだよな」
テスティモが薄々感じていた予想は当たっていたらしい。アッシュとしては面白みがないようだが、テスティモはその答えが正解していただけで、十分面白かった。
何故ならアッシュは本心を隠しているつもりらしいが、テスティモには筒抜けだったからだ。
そうだ。こいつは、人間を守ることなんかどうだっていい。今なお執行者となっているのも、戦えるからだ。
魔界の連中からも、機関の連中からも、俺という鎌を使うスタイル、敵を殲滅したその数から、いつしか死に神なんて呼ばれたこいつは、一見恐ろしく感じるかもしれない。
だがこいつの本質はそんなものとは程遠い。
こいつ自身気付いてねぇかもしれねぇがな。
自らちょっかいをかけ、使えるようなら生かし、つまらない奴なら殺すなんてのも、建て前に過ぎない。
こいつは、戦いが好きなんだ。ガキみたいにただ単純に。純粋に。
俺とおんなじように。下手したら俺以上に。
わざわざ敵の調子を気にかけておいて、テメェで待てなくなっちまってんだからな。
魔界にだってそうそういやしねぇよ。
戦いにビビる腰抜けか、出来るだけ自分では手を出さない姑息な野郎か、ただ相手を殺したい、喰いたいなんてイカレタ野郎ばっかりだ。
俺は鎌だ。
一人じゃ戦いもろくに楽しめねぇ。
だから相棒が必要だった。
俺とおんなじ、戦いを楽しむ馬鹿野郎が。
テメェはよ、最高だ。
魔界だとか、人間だとか関係ねぇ。
人間だけどよ、そんなテメェだからこそ、俺の相棒に相応しいと思ってんだ。
「何笑ってるんだよ」
声を上げたわけでも、カタカタと震えたわけでもない。それでも、外見感情が読めないテスティモを目にして、アッシュはそう言った。
「……何でもねぇよ」
「変な奴だな」
「ギャハハハ! 俺が変なのは存在した時からだろうがよ」
「ははっ、違いない」
魔界の住人と執行者。奇妙な関係の二人は何処まで似た者同士か。心の内では、処刑人との戦いを今か今かと子供のように待ち望んでいた。