4:胸中Ⅳ
「で? 調子は?」
そう聞いてきたのは庵藤だ。今から敵情視察が始まるらしい。
「順調だよこれでも」
「そうか」
と、それだけの確認で終わってしまう。てっきり、いつものように憎まれ口を叩くかと思ってただけに拍子抜けする。いや、決して物足りないなんてことは断じてないんだけど。
庵藤の表情から意図を汲み取ることも出来なかった。あまり見たことない、穏やかな感じだった。
「そういう庵藤は?」
加奈が尋ねる。
「別に。いつも通りだ」
「いつも通りね」
「何だ? えらく意味深だが」
「仮にも勝負してるのに。いつも通りとはえらく余裕なんだなってね」
「普段から勉強してるから大差ないだけだ。それは結城も同じだろ」
「まぁね」
むぅ。優等生の二人が会話すると、やはりレベルが違う。普段から勉強って、私とはえらい違いだ。
「浮気だ~……」
「いい加減にしろ啓介。んなことより勉強はしてんのか?」
さすがに邪魔であると、庵藤はもたれかかる狭山を引き剥がす。そういえば狭山って成績良かったっけ?
「ん? いやぁ、只今サキリンに着せるメイド服を作ってるから勉強はあまり……」
「作ってって。え? 服作れるの?」
優子が意外だと尋ねると、得意気に佐藤は胸を張った。
「ふふっ。僕の得意教科は家庭科だ。料理、裁縫、何でもござれ」
意外だ。果てしなく意外だ。人には何かしら長所があるんだと思ってみたり。……だって狭山だし。
「じゃあ今度から実習の時は狭山君にお願いしようかな」
「おう、まかせてくれ」
「いや、女の子としてどうなの? そこは」
「人には向き不向きがあるのです」
呆れる加奈の言い分は最もである。なのに、優子はうまいことを言ったつもりか開き直っている。確かに優子は苦手だけどさ。
「ていうか、何で今から作ってんの? まだ私が負けるとは決まってないし」
「え? もしかして勝算あり?」
「俺に勝つ気なのか?」
何で男子二人はそこで意外そうなのか。
「あ、当たり前でしょ。私絶対コスプレなんかしないから。メイド服着るのは庵藤だからね」
「……おいちょっと待て。仮に俺が負けたら俺がメイド着なきゃならんのか」
「違うの?」
「んなわけあるか! おい啓介」
急にぶはっと吹き出した狭山を庵藤が睨んだ。
「いや、一瞬製作中のメイドを俊樹が着たとこ想像してしまった。うっわー嫌だ。全力で見たくない。サキリンが着る用に可愛くしてんのに夢が壊れる。俊樹、絶対に着るなよ」
「誰が着るか! そもそもお前が介入したからメイドとか出てきたんだろうが。俺は認めてないぞ」
「まだ言ってるのか。サキリンがメイド服着てるとこ想像してみるんだ。ご主人様って言うんだぞ。萌え萌えだぞ」
「…………」
「な、何よ?」
庵藤が私を見る。そしてあからさまにぷいっと視線を外した。ちょっ……今何想像したの!
「知るかっ」
何でこっちが怒られるんだ。
「大変だね紗希は」
「あのね」
優子はけっこうな量あったカレーをもう平らげてしまっていた。お盆やお皿は横に置いてしまって、テーブルはフリーにしている。そのスペースに腕を組んで前のめりになっていた。顔も腕に預けてしまい、無邪気な表情を横にして伺う。
そんな態勢なもんだから自然と上目づかいだ。そういう無防備に思わせる優子は、何というか反則だ。何か言おうとして、二の句が継げないでいると、加奈がいつものように呆れた調子で忠告した。
「何他人事みたいに言ってんのよ。優子も赤点とらないように勉強しないと」
「何を隠そう私は赤点など取ったことがない」
「そうは言っても次は分かんないでしょ。今日は空いてる?」
また勉強会しようかということだ。何だかんだ言いつつ、世話焼きな加奈は心配しているのだと思う。考え込む仕草を取る優子は、呟くように答える。
「ん~まぁ、空いてるといえば空いてるし、空いてないといえば空いてない」
「どっちなんだ」
つい庵藤が突っ込みを入れる。けど加奈にはいつもと変わらないことなので、分かりきった表情で断言する。
「じゃあ空いてるわね。もう日がないからみっちりやるから」
「……お、お手柔らかに」
「僕もいい?」
そこで、いきなりと言ってもいいほど割り込んだのは、やはり狭山である。
「何が?」
と優子。
「勉強会だろ? 僕も勉強しないといけないしね」
「本音は?」
と肘をついた加奈が見透かすような眼差しで尋ねる。
「狭い部屋にて男女が黙々と勉強会。何があっても不思議じゃない」
「じゃあそろそろ行こっか」
冷静に加奈は提案する。私と優子も言わずもがな賛同し、各々の食器を持って席を立つ。
「あ、あれ? スルー?」
「自業自得だ」
食器を運んでいると、ふと優子が尋ねてきたのは意外だ。
「無視してきて良かったの?」
「いいよ。優子は優しすぎ」
「まぁ狭山も分かっててやってる節あるしね」
「え、そう?」
あれって分かってやっているのか。それは余計にタチが悪い。驚いた私を一瞥し、加奈は困ったように笑みを浮かべて、そして優しく言う。
「そうやってニブチンな紗希も、けっこうタチ悪いけどね」
「どうゆうこと?」
何のことか分からずたまらず尋ねてみても、加奈はさぁねと言うだけだ。
むぅ。何かあるんだろうけど、それを教えるつもりはないらしい。何が分かっていないんだろう。狭山のことなのか。それとも別の?
助けを求める意味で優子に視線を送った。
「今のは私にも分かんない」
優子もお手上げらしかった。