4:胸中Ⅱ
「じゃあ私はA定食」
加奈が注文したA定食は、またの名をトンカツ定食という。ご飯、味噌汁、野菜の盛り付けがオプションとなっている。
「私はB定食で」
私が頼んだのは、ラーメン定食である。炒飯とラーメンのセットで、ラーメンは塩か醤油で選ぶことが出来る。今日は醤油ラーメンを選んだ。
「それで?」
席について頂きますしてから食べ始めると、加奈は切りそろえられたトンカツを頬張りながら早速聞いてくる。
「えっと」
自習時間の続きだ。考える時間があったわけだが、まとめるには私には時間が足りなかった。どう話すか。
それもそうだが、何より話していいものかと少し躊躇う。
けど尋ねられている今が、話をする絶好の機会だ。我ながら卑怯な理由だと思う。私はそんな理由付けをして、話してしまっても仕方ないと正当化しようとしている。私はどうしても助言が欲しかった。
「信頼するって、どういうことかな?」
「……何かとっても意外な一言が来たわね。もうちょっと具体的に話してくれない?」
余計なことは言わないようにした結果、あまりにストレートすぎたらしい。いや抽象的すぎたのか。いずれにせよ、言葉を選ぶ必要がある。
「信頼している人がいたんだけど、その人には私の知らないことがあったの」
「ふむふむ」
「結局ね。私はその人のことを何も知らない。それなのに、私は本当に信頼出来ているのかなって……。その……うまく言えないけど」
「うーん、何か変なことで悩んでるわね」
「ご、ごめん……」
いや、それは全然構わないんだけど。加奈はそう言ってお茶を飲む。一呼吸置いたとみれる。
「ちょっと、いい?」
と、答えになるものを聞く前に優子が尋ねる。
「もしかしてさ。その人って紗希の好きな人?」
「え、えぇ!? いや、好きってやっぱりあの……」
「うんまぁ」
人として好きとかじゃなくて、異性的な意味で好きかどうかということだろう。そういう意味なら好きなわけがない。
「全然。あんな奴好きなわけない。自分勝手だし、我が儘だし」
きっぱり否定する。すると、二人の顔は何やら悪戯を思い付いた子供の顔になった。気がした。
「紗希がねぇ」
「私らの知らないところでねぇ」
はぅ。何か絶対勘違いされてる。
「だから好きじゃないって」
「でも男の子でしょ」
「うんまぁ……、あ、じゃなくて、他にも女の子のことも」
「え、もしかして紗希ってば、女の子のほうも?」
あー、もう違うのに。
「そうじゃなくて、人として信頼できると思ってたって話で……」
厳密にいえば、人間じゃないけど。
「加奈、私たちは紗希に捨てられるんだね」
「もう私たちには飽きたってことか。うぅ。私悲しい」
「だから違うってばー!」
一向に話が進まない。そういうのじゃないと説得するだけで大分時間を要してしまった。
「まぁこの際その話は置いとこっか。いずれ会ってみたいし」
「………」
随分不吉なことを言う。反論したいけど、此処で反論したらまた話が脱線してしまう。何とか黙止することでその先を促した。
「しかしこれは、簡単なようで難しい問題ね」
「そうなの?」
加奈の一言に、優子が尋ねる。私もどういうことか、疑問なのは同じだった。
「やっぱり知らなかったってのは、まだその人のことをちゃんと理解出来てないわけだから。知らなかった部分もちゃんと受け入れないと、信頼なんて出来ないってのは私もそう思う」
「……そう」
加奈も同意のようだ。信頼していたと思っていても、知らなかったことがあれば、信頼出来てないのではないか。あのアッシュと似た意見であったことに、自然と私は弱々しく返事をする。
「まぁそれでも紗希次第だと私は思う。そんな知ってるとか。いやそれもそうなんだけど、あ、でも紗希ならコロッと騙されそうだし」
むぅ。と加奈はうまく言えないようで悩みつつ、何やら失礼なことを口にする。
「やだなもう。騙されるって、私がそんな簡単に……」
「へ~、よくそんなことを言えるわね」
「う……」
加奈が何故か意味深な表情をして私を見据えた。ついたじろいでしまう。
「ねぇ優子。いつだったっけ。前に紗希が騙されたことあったよね?」
「あ~、あったあった。高一の頃かな。授業中に当時珍しく寝ていた紗希が寝ぼけて急に立ち上がったんだっけ」
「あ、あれは……庵藤が当てられてるから早く読めって急かすから……」
うとうとしていてほとんど意識がなかった状態だった。
確かあの時は化学の時間で、隣に座っていた庵藤が当てられてると言って英語の教科書を渡してきたのだ。今考えれば、庵藤ということを考えれば、本当かどうか疑うべきなのだが、睡魔に襲われていた私にそんな余裕はない。
必死に読み上げるものの、実際は当てられてさえおらず、客観的に見れば、いきなり授業中に席を立って英文を音読し始める破天荒な人という位置付けだ。
先生も驚いたことだと思うが、私のほうが驚いた。気付けばクラスの注目を浴びて笑われてしまったのだから。めちゃくちゃ恥ずかしくて、すいませんと謝るのがやっとだった。
諸悪の根限はというと、肘をついてしら~とあらぬ方向を向いていた。けど、ぷるぷると震えているし、明らかに声が漏れていたから、笑うのを我慢していたのは確実だった。
思えば、あの頃から庵藤の嫌がらせは顕著に始まったように思う。何か思い出したらだんだんムカついてきた。
「いやぁあれはびっくりしたよ」
「べ、別にあれはちょっと意識がはっきりしてなかっただけで」
「まだそういうこと言うならもうちょっと思い出させてあげようか」
加奈は何故か満面な笑顔だ。
「あれは中学だったっけ? 体育の時間にさ」
「ストップ! 分かったから! 私が騙されやすいのは分かったから」
「分かればよろしい」
大体何のことを言うつもりだったか察しはついてしまったので、全力で加奈を止めに掛かった。