3:死に神ⅩⅢ
そこにギルは入っていない。処刑人の地位を持つギルこそ執行者と似た立場の筈だが、括りには入れていなかった。
「君次第だよ。まだ君がどういう人物か見極めていないからね」
「でもギルは……」
紗希は言う。そんなことしなくても分かる。ギルは人間に害を来す存在なんかじゃないと。
「本当に?」
「っ……」
「紗希ちゃんは何を知ってるのかな?」
「何……を……?」
「例えば医者の過去は知ってたかい?」
スカルヘッドの過去。皆まで言わずとも察しはついた。スカルヘッドが家族を殺したということだ。確かに紗希は知らなかった。
「それは……」
「例えば処刑人。考えたことない? 何故彼は処刑人というものを請け負っているのか」
「……っ」
言葉に詰まる紗希。考えたことがある。紗希の反応が語らずとも、そう教えていた。
「それに、あの猫の娘も。本来世界を渡ることは魔界では禁止されているのに。どうして彼女はこっちに来たのか」
「それは……盗まれたものを取り返すために……」
「へぇ、じゃあ何故盗まれたのか知ってる?」
「そ……れは……」
「考えたことは? 何か隠してるかもしれない。君を騙しているかもしれない。なのに君は、本当に信じられるというのかい?」
「……や、やめて!」
じわじわと心を抉られる。アッシュの言葉に紗希はそう感じた。何で、そんなことを言うのか。
私は……皆を……。そんなこと……ない。信じて……。
本当に? 心から? 信じ切れる?
何も知らなかったのに。心の底から……。
信ジルコトガデキル?
「ほら。あっけない。もう崩れちゃった。疑ったでしょ?」
「ちが……」
「違わないよ。信じるなんてことは難しいことだ。だから別に疑ってもいいじゃないかと僕は思うよ。ましてや、"殺人者"なんだから」
「……っ」
「キサマ……」
息を呑む紗希。睨むスカルヘッド。アッシュの言うことを認めるはずはない。鵜呑みにするつもりもない。
だが、うまく言葉に出来ない紗希は、涙を流さないように気を張るだけで精一杯だった。それと同時に動いたのはやはりギルだ。
殺気に満ちた表情で、アッシュの心臓を掴み取るかのような勢いで駆ける。
「そのよく回る舌は、殺してやんなきゃ治りそうにねぇようだな」
「くっ」
肉を喰い破る腕を伸ばす。アッシュはそれを焦りとともに避ける。
「テスティモ」
「ったく、テメェが余計なチャチャ入れるからだぞ」
「……っ」
追い討ちをかけるギルに目掛けて、テスティモは刃を向けた。勢いよく振り抜かれ、首を飛ばされてもおかしくなかった。ギルは仰け反って避けると距離を取る。その隙に、アッシュとテスティモは闇の中へと姿を消した。
「約束より早いけど、明日、時間通り丑三つ時に公園でやろうじゃないか」
「待て! ……ちっ」
追い掛けるため脚に力を入れるが、もう見失ってしまった。舌を打ち、ギルは苦々しい表情のまま、追跡を諦めた。
「……」
ギルが紗希とスカルヘッドのところに歩いて戻ると、紗希の表情に苛立ちを覚えたようだ。
「何て顔しやがる」
「い、いひゃいよ……」
ほっぺたを両方から引っ張られる紗希。抵抗もいつもと比べれば弱々しいものだ。あっさりと離したギルは紗希に言い放った。
「あいつの言ったことなら気にすんな。別にいいんだよ信用されてなくて。帰るぞ」
それは本音か否か、判断は出来ない。ただあっさりとそんなことを口にするギルに、紗希は少しだけ寂しさを覚えた。
スカルヘッドはどうなのかと、ふと紗希は気になった。
「隠していることはありマス。ただ騙していることはナイ。それだけは信じてもらえませんカ」
気になるまま顔を向けた紗希に、察しの良いスカルヘッドは答えた。
「はい。分かりました」
紗希は、はっきりと答える。信じてほしい。これが、スカルヘッドの本音だろうと思えたからだ。自然と笑顔になる紗希。スカルヘッドも仮面の内側で、柔らかい表情をつくっていた。そして、「ありがとうございマス」と応えた。
ギルの帰るぞの一言に従うため、一旦病院の秘密部屋へと向かう。
扉とも言い難い。壁に似せた入り口をくぐり抜ける。
そこで紗希は驚くべき光景を目にする。
「え……何で……」
「……意外デスね」
そこには、もぬけの殻となったベッドが一台あるだけだ。シーツの乱れ、布団の浮き上がり、それらが先程まで使われていたことが分かる。
「まだ暖かイ。ついさっき出たヨウデス」
触れて確認するスカルヘッド。まだ完全じゃない。動けるとは思うが、戦えるとは思えない。医者として、患者の安否を気にしてしまう。
「リアちゃん……」
リリア・アークス。黒猫と少女の二つの姿を持つ彼女の行方は、再び闇の中へと消えてしまった。