3:死に神Ⅳ
僅かに顔を背けるギル。
「だが退出はしねぇからな」
「それくらいなら一向に構いませんヨ」
「あの、どういうこと?」
また私には分からない会話が交わされる。気になるままに二人に尋ねたわけだけど。
「いえいえ、ただの世間話デスヨ」
「……」
そう言われてしまえば、私にはそれ以上深く訊くことは出来なかった。自分も一応当事者の一人なのだから、少しは教えてほしい。
ギルは相変わらずだが、スカルさんも教える気はないのかもしれない。何処か除け者にされている感じがして、気に入らない感情が多少なりとも、確かに芽生えてしまう。私は勉強することだけを考えて、できるだけ気にしないようにした。
「これは先程の公式を使うんデスヨ。その後はこの式に代入すれば解は求められマスヨ」
「あ、ホントだ。凄く分かりやすいです」
苦手な数学に取り掛かってはみたものの、どうもすぐにお手上げとなる。そこで、スカルさんはちょっとずつ解答の仕方を教えてくれる。
数学担当の先生には悪いが、スカルさんの教え方は本当に分かりやすい。おかげですらすらと自力で解ける問題も増えた。
「紗希さんは苦手意識を持ちすぎなんデスヨ。時間をかけてもいいので、ゆっくり落ち着いて解けば出来マス。力はちゃんとありマスヨ」
「あ、えっとありがとうございます」
ずいっと近くにくる髑髏。まだやっぱり髑髏の仮面には慣れない。
「あの、前から思ってたんですけど、どうして仮面なんて被ってるんですか?」
「これデスか?」
両手で顔を挟むようにして仮面を指し示す。私は肯定して尋ねた。
「これは……」
そこまで口にして言葉を止めた。何か言いにくいことだったのかと頭を巡らせた頃に、スカルさんはようやく続きを話した。
「……恥ずかしいからデスヨ」
「へ?」
「自分で言うのも何ですが、私はかなり人見知りというかシャイなんで、被ってるんデスヨ。もしかして気になりますカ?」
「少し……」
私がそう答えると、スカルさんはそれでも外したくはないとのことで、私に了承を求めた。その場では一応納得しておくことにした。いや、正確には納得した振りをしたと言った方が正しい。
初めて出会った時から今までを振り返ってみても、スカルさんが恥ずかしがり屋だとは到底思えない。一回口を詰むんだように、何かしら別の理由があるであろうことは、私にだって推察出来る。
ギルもスカルさんも自分のことは話さない。いや、今ベッドで寝ているリアちゃんでさえ、何も話したことはない。皆自分のことは全く話さないようだった。
「寝てしまったようデスネ」
「え?」
「ギルさんデスヨ」
言われて見てみれば、ギルは私が勉強している間に寝てしまったようだ。ベッドの上で胡座をかき、さらには手を組んだ状態だった。
「よくあんな格好で寝れるなぁ」
「最近は寝てないハズデスからネ」
「……あ」
今更に気付いてしまう。昼も夜もずっと見張ってくれているのだから、当然ながら、随分と寝ていないということに。
ギルは普段、そういった疲労を見せないから。ギルは別に、私を守る気はない。ただ、自分の処刑人としての職務を達成するためのはずだ。だからこそ気になる。どうしてそこまでして、ギルが処刑人なんかやっているのか。
「それじゃあ話を戻しマスけど、今のところで質問とかありマスカ?」
質問。数学に関するものとは違う。試験とは全く関係がないソレを尋ねたくなる。
頭の中で、ギルが寝ている間を狙ってなんて……、一瞬だけの踏みとどまりがあったものの、絶好の機会を逃すわけにはいかなかった。
それに、もしかしたらコレも、スカルさんは教えてくれないかもしれないと、卑怯にも自分での選択を放棄した。
「……問題に質問はないですけど、ギルが処刑人になった理由を知っていますか?」
「ンン? ……何故そんなことを?」
表情は窺えないものの、怪訝そうになったことは声の調子で汲み取れた。
「ギルは……どちらかというと自由を好む性格だと思うんです。わりと我侭だし。なのに、どうして処刑人なんかやってるのかって思って……」
正直なところ、あまりうまく言えていないのは分かっている。明確な理由なんてものはなく、興味本位に近いとも思う。
「そうですカ。残念デスが、私は理由は知りません。知っているのは、彼が自分から処刑人になったわけじゃないことくらいデスか」
「そうなんですか?」
「本人から聞きましたからネ」
何だろう。少し安心した気がする。
志願して処刑人になったわけじゃないという事実に、そんな感情が生まれていた。ただそれと同時に、私にはまた新たな疑問が浮上していた。
「自分からじゃないってことは、誰かに頼まれたとか……?」
「さぁ、そこまでは……。私はギルさんに信用されていないクチデスから。教えてもらってないデスネ」
本当にそうなのだろうか。私にはそうとは思えなかった。確かにギルも、私には警戒するように言っていた。信頼には程遠いかもしれない。
でも、魔界の住人を殺す処刑人なのに、ギルはスカルさんを殺してはいない。その事実に、何か言いようのない違和感があったのだ。