3:死に神Ⅱ
「あ、そうだ。連絡しないと」
「病院内は携帯禁止デスよ」
その場で携帯をポケットから取り出して、連絡しようとした私にスカルさんが柔らかい雰囲気で注意する。
「あ、そうでしたね」
「使うなら外に出ないと。ギルさん一応付き添いお願いできマスか」
「……ま、しゃーねぇか」
気だるそうではあるが、合理的に考えたのかギルは素直に立ち上がる。
「何だよ?」
「別に」
ただいつも我が儘ばっかり言うギルが、わざわざついてきてくれるのが変な感じで嬉しいだけで。他意はないと思う。
「変な奴だな」
「私から言わせればギルのほうが変なんだけど」
「いってらっさ~い」
なんて、大層にスカルさんが見送っていた。
前に迷ったとは思えないほど、私はもう病院内を理解していて、外までの道は案内図がなくても分かる。
といっても病院内は、異質な現場、また殺人のあった現場でもあり、その部屋は封鎖され多少勝手が変わってしまっていた。
近付こうにも立入禁止の黄色いテープが張り巡らせている光景を目にすることになる。
あれだけの騒ぎではあったけど、今ではそういった跡があるものの、病院の関係者、患者さんたちは変わらないように見える。スタッフや入院患者、また通院患者は、病院を変えた人もいるらしい。けれど、特に患者さんが全員移るなんてことは不可能なほど、この病院は大きい。他に同じくらい大きな病院があるわけもなく、空きがないために残る人が大半となっていた。けどそれも、今ではあまり関係がないように見受けられる。あれから数日経ち、次の週になり、何も起こらなくなると、皆何事もなかったように戻っていった。
「気をつけろよ」
ふと隣を歩くギルがそんなことを言う。
「?」
いったい何に気をつけろといったのか。魔界の住人か、それとも今夜にでも来るとギルが予想する執行者か。
「スカルヘッドだよ」
「スカルさん?」
予想していたのとは違って訊き返す。
「紗希は気を許してるようだからもっかい言っとくけどな。あいつは何考えてるかわからねぇんだよ」
ギルはそう言って再度忠告する。私は二人の会話を思い出していた。
「……てめぇ、まだ俺を殺す気か」
「借りはちゃんと返すのが私のポリシーなんですヨ」
そんなことを言っていた。私は二人の過去を知らない。だからどういう経緯なのかは分からない。
「スカルさんとは何があったの?」
「……お前には関係ねぇよ」
予想はしていたがやっぱりだ。一応訊いてみたところで、ギルは自分のことは話そうとはしない。私はギルとリアちゃんを助けてくれたスカルさんしか知らないし。何も教えてくれないのであれば、危険だと言われてもピンと来ない。
「あれ? 紗希ちゃん?」
「あ、源川さん」
前から歩いてきたのは、この病院に看護士として勤める源川さんだった。白に統一された制服を着て、長い髪を後ろで括っている。事件のあとも変わらず此処で働いているみたいだ。
「久し振り」
「お久し振りです」
「……ふむ」
と、挨拶を交わしたところで源川さんは、顎に手をやり考える風を装う。私とギルを交互に見比べていた。
「紗希ちゃん、ちょっと」
「あ、はい。ごめん、ちょっと待ってて」
ギルにそう言って、私は源川さんに腕を引かれるまま従った。急にどうしたんだろう。
「あぁ」
ギルも特に吠えることなく、大人しいものだった。源川さんの急な行動に、ギルも驚いているのかもしれない。
ギルとお互いに見える距離ではあるが、話し声は聞こえない距離ほど離れる。そこまで連れて来られた私に、源川さんは手を添えてひそひそと話し始めた。
「紗希ちゃん。あれ誰? もしかして……」
まぁ確かに気になるかもしれないけど、こんな風に距離を取る必要があったのか分からない。あ、でもギルの前でこんな質問をされたら、ギルがとんでもないことを言いそうだ。これはこれで有り難い。
「えっとその……」
何て答えたものか、思案する。親戚はリアちゃんの時に使ったし。けど思い付かないから、もう同じ親戚ということにしようかと思ったところ、源川さんが先に答えを出してしまった。
「あ、御免ね。そりゃ自分で彼氏って言うのは恥ずかしいもんね。でもいいなぁ。けっこう格好いいじゃない?」
「……へ? あ、いや……」
源川さんの中では勝手に恋人に見えるらしい。いやでもギルとはそんなんじゃなくて。
「おぉ、紗希ちゃんめちゃめちゃ顔赤い。そんな恥ずかしがらなくていいのに」
「あ、じゃ、じゃなくて……」
「あ、そうだ。私まだ仕事あるんだった。今度教えてね。どこで会ったとか、どこまでいったとか。色々。じゃあね」
「あ……」
台風のように現れて去ってしまった。しかもとんでもない勘違いをされたままだ。次に会ったときには何とか誤解を解いて、親戚か何かだと伝えないと。
だいたいどこまでいったとかそんな……。はぅ、まずい。顔が熱い。絶対今も顔が赤い。
「終わったか?」
「きゃあっ!」
「何だよ? 終わったか訊いただけだろ」
「ご、ごめん……」
端から見ればそんな風に見えるのだろうか。おかげで意識してしまう。何とか落ち着くのに少々の時間を要してしまった。