3:死に神
静かなものだった。隅っこに追いやられているこの部屋は、音が入ってくることもない。またこの場所に戻ってくることになるのは意外だったが、誰かに見付かることもなさそうだ。
「……リアちゃん」
私は病院に来ていた。先日エルゴールとの一件があった病院だ。此処はちょうど、エルゴールが隠れ蓑にしていた秘密部屋に当たる。
朝早く、といっても学校に行く直前に、スカルさんがやってきた。そしてリアちゃんの容態を伝えてもらったのだ。あまりに突然すぎて、最初は頭が回らなかった。とりあえず、屋根の上にいたギルに頼んで、全速力で病院まで運んでもらって今に至る。
「呼んでしまったわけデスがその……学校はいいんデスか」
スカルさんが尋ねてきた。
「いいわけじゃないですけど、心配だったんで」
いつ、何処で見つけたのか。スカルさんによると、昨夜猫の姿で河原の橋の下に倒れていたらしい。
「……本当に大丈夫なんですか?」
容態を訊いた。既に訊いたことではあったけど、実際に目で見える範囲ではとても大丈夫とは思えない。
「傷は酷いデスが命に別状はないデスし、後遺症も出ないでしょう。安静は必要デスが」
「……そう、ですか」
とりあえずは安心していいようだ。ただ、どうしてリアちゃんがこんな状態なのか気になる。
「どんな奴がやったか分かるか?」
この部屋には二台のベッドがある。前来たときは一台しか安置されてなかったので、おそらくスカルさんが別の部屋からこっそり持ってきたのだろう。小さな診療所のように多少改装されている。リアちゃんが寝ているベッドとは、別のベッドに腰をかけるギルが言った。
「……いえ。大きな刃でやられたとしか。でも私には、あの執行者しか考えられませんがネ……」
「まぁ、あいつだろうな」
確証があるように二人は納得している。
「そんなっ、執行者なのに何でっ……」
「何でも何も、執行者だからだろ」
「あ……」
そういえばそうだ。執行者なんだから、魔界の住人を狙うのは当たり前のはず。でも私は、それで納得が出来るはずがなかった。
「ギル」
「あ?」
「あの執行者のところに連れて行って」
「はぁ?」
この上なく呆れたように返されてしまう。けど、そこに反応している余裕はなかった。
「説得しないと。またリアちゃんが狙われるかもしれない」
「どっちかっていうと、紗希のほうが魔界の連中に狙われてんだけどな」
うっ……。もっともなことを言われてしまった。
「でも、今は私よりリアちゃんが危ないってことだよね。なら何とかしたいし。お願い」
ギルが私の言うことなんて聞かないことはよく分かってる。それを承知で、私は頭を下げて頼み込む。
「ギルさん。私からも頼みますヨ」
スカルさんもそう言ってくれる。それがよっぽど意外だったのか、ギルはスカルさんに対して警戒した。
「紗希は何も考えてないだろうからいいとして、お前……何企んでやがる」
「何も考えてないって、私が馬鹿って言われてるみたいなんだけど」
「お前に何のメリットがある?」
「別に何も企んでませんヨ。今はこの娘が私の患者デスから、死なせるわけにはいかない。ただそれだけデスヨ」
私の抗議は普通にスルーされて話が進んでいた。
「信じられませんカ?」
「最初から信用してないからな」
「カッカッカ……そうでしたネ。なら私を見張ってもらっても構いませんヨ。どうせ一緒でしょうカラ」
一緒ってどういう意味だろう。スカルさんの言葉に疑問を抱いている私に、ギルがようやく声をかける。
「紗希。会わせてやるよ」
「本当?」
「あぁ。結局一石二鳥なのは確かだし、待つのは苦手だからな。早めに戦うほうがいい」
「いやそうじゃなくって、戦うのはダメだからね。話をするだけでいいんだから」
わざわざ戦う必要はないはずだ。そう思って言った私に、胡座をかいて膝の上で肘をつくギルは、突き詰めるように言葉を口にした。
「なら、話し合って解決しなけりゃどうすんだ?」
「そ、そんなこと……」
「あいつは執行者だ。色んな奴がいるが、基本的に奴らは魔界の連中は殺すつもりだ。話し合いなんか成立するわけねぇよ」
冷たく言い放つ。私がやろうとしていることは、そもそも話し合おうなんてことは無駄だと言う。
「そんなの、やってみなきゃわかんないでしょ」
「あー、はいはい。そうですね」
「な、何よ。その言いぐさ。ギルの馬鹿」
馬鹿にしたように返されてしまう。
「とにかく、執行者も魔界の住人に合わせて動くのは夜デスから、それまで待つ必要がありますネ」
ということらしいので、ひとまず夜にならないとならないらしい。なら完全に、遅刻の罰である反省文は確定だろうけど、今からでも学校に行こうかと思った。
学校を終えてからになると、少し遅くなるかもしれない。そのことをギルに伝えると、詳細を追求してきたので、だいたいの時間を告げると、遅すぎだと怒られてしまった。
他に妥協案を考えたが全て却下されてしまった。
「変に動いたら魔界の住人にまで目をつけられるだろうが」
「あ、なるほど」
そういうわけで、今日のところは学校には行かないことにした。生まれて初めてのサボリになるわけで、そう考えると何だかどきどきしてきた。