2:迷いⅧ
随分と勝手なことを言う。気に食わないのは、第一印象よりも前から予想していたが、改めて痛感する。
何より、「上から物を言うな」と言いかけたというのに、構わず攻撃を仕掛ける身勝手さに、リリアは頭に来ていた。
「あぁごめん。何か言おうとしたのかな?」
「上から物を言うなって言ったの!」
言葉こそは謝罪のものだが、行動はナイフで切りかかっている。戦法は思ったより変わらない。ただ自分の戦いやすいように、近距離に持ち込むのみだ。
ならばと、リリアは小手先の剣撃で防御し、攻撃し、僅かな隙を生じさせる。といっても、そう簡単なことじゃない。多少の傷は仕方ないと諦める。攻撃されることを覚悟でいけば、多少は耐えられる。頬と肩、刃と化した腕に血が吹き出ようと厭わない。これくらいなら浅いものだ。
「……なっ!」
その捨て身の攻撃に、アッシュはようやく僅かに驚いた。リリアはナイフによる傷は最小限に抑え、また臆することなく自らの反撃を確実なものとした。
「これならどう?」
リリアはアッシュの胸。心臓に近い位置に"掌底"を撃ち込む。それは、魔界の住人において、非力に分類されるであろうリリアの打ち込む衝撃だけでは済まなかった。
言うなれば螺旋。一瞬の時間差の後、リリアの右手が作り出したその衝撃が、風の力で何倍にも増大した。
「……ぐっ……」
風爆よりも集中的に力を撃ったのだ。その威力は半端ではない。アッシュも吹き飛ばされながら、さすがに顔を歪める形となった。
「……ごほっ、ごほっ……。……今のは効いたよさすがに」
その威力をアッシュの服が物語る。多少吹き飛んだのか、撃ち込んだ跡がくっきりと出来ていた。
「肉を切らせて骨を断つ……か。やれやれ、この服けっこう気に入ってたのにな。ま、こんなナイフじゃこんなものか」
そう言ってアッシュはナイフを、唯一の武器を懐にしまう。先ほどのように、折られて使えなくなったわけではない。
諦めたのか、リリアはそんなことを思う。その方が都合が良い。が、それはどうやら甘い考えだったらしい。
「じゃあ、慣れないナイフは止めて、そろそろ本気でやろうか?」
「……!」
アッシュの足元から、河原の下から、「何か」がせり上がる。アッシュはそれを掴むような手付きで左手を下に向けており、「何か」はまるで吸い上げられているようだ。
それが何なのかは分からない。棒状のものだ。いや、よく見れば先端には、獣の頭蓋骨みたいなものが備え付けられている。アッシュは長い棒が、全て地中から出て来るのを待ってからようやく掴んだ。
「ナイフはサブで、それがメインの武器ってこと?」
「あぁ、その通りさ」
「そんな棒くらい……」
可笑しな話だ。サブだというナイフの方が刃がある分、致命傷を与えられる。メインだという目の前の棒は、特に変哲なものはなく、あれで叩かれたところでまだ危険はないように思う。
「こんな棒きれじゃあ、ナイフのほうがまだマシだって?」
「……っ」
自分の言葉を先に言われてしまったこともそうだが、さらに殺気が強くなる。
いや、そうじゃない。
リリアは違和感を感じた。リリアの知覚に間違いがなければ、アッシュ自身からの殺気が強まったのではなく、あの手にする棒から殺気が溢れている。
「へぇ、分かるかい?」
ただの棒きれじゃない。ただの武器じゃない。何かある。リリアの、その直感は正しい。
「それは……何?」
「棒なんかじゃないよ。これは……」
そうアッシュが口にしたと同時に、長いだけの棒は、刃を出現させた。
刃がある分、致命傷を与えられる分、ナイフの方が魔界の住人には効果的ではないか。そう思えた数分前は、恐ろしく無知であったといえる。
ナイフの刃など目ではない。頭蓋骨の位置がちょうど繋ぎ目に当たるように、長く大きな刃が顔を出す。首を刈る形をした刃だ。
「鎌だよ。今も君の命を狩り取りたいと哭いている」
「……っ!?」
鎌と一口に言うが、これはデスサイズだ。ガシャと肩で支え、アッシュ自身からも溢れ出る殺気、その姿はまさに死に神のように君臨していた。
「さて、ナイフじゃあ君には役不足だったようだ。だから今度は、死に神の鎌でやらせてもらうよ」
「生憎だけど、私はそんな物騒なものに付き合うほど暇じゃない」
「……!?」
先手必勝を狙い、リリアがアッシュの目の前にまで迫る。ナイフ相手だと距離を取ればいいが、これだけ大きなデスサイズだと、明らかに中距離戦だ。わざわざ距離を取ろうとするより、懐に入ったほうが早い。間合いの広い武器ほど、懐に入られると弱いはずだ。
「もう一発………ぅ、っ!」
もう一度、一点に集中した風を撃つつもりだった。だがそれより早く、アッシュの膝蹴りがリリアの腹部に命中した。体の軽いリリアは多少浮いて飛ばされる。
「僕も馬鹿じゃあないんでね。そう同じ技は喰らわない。服もこれ以上ボロボロにされたくないし……」
素早く態勢を立て直す。一瞬呼吸が止まったが、それにかまけては殺られてしまう。敵の動きだけは目に留めていた。
……はずだった。
「……!?」
視界のうちに留めたはずの姿は消えていた。瞬きの間なんて悠長なこともない。しっかりと視認していたはずが、単純に追い切れていなかった。
「……それに、そろそろ僕の力を見せようかと思うんでね」
アッシュはリリアの背後にて、背中ごしに鎌を肩にかける。正確にリリアの首筋に刃を向けており、いつでも狩れると示した。
「くっ」
「僕は優柔不断でね。まだ君を狩るかどうかは決めかねている。でも、やはり一番分かりやすい方法にするよ。君が生き残れたなら殺さないことにしよう。せいぜい生き延びてくれよ」
アッシュが積極的に殺しにかかる。ナイフよりもデスサイズに長けているのは確かで、より卓越した動きだった。
そしてリリアはこの後、今までに見たことのないものを目にする。
「っ……紗季、ごめん……」