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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
4章 闇との境界線
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2:迷いⅥ

 その日は暑い夜だった。朝から降り続けていた雨も、止みそうになかったというのに暗くなり始める頃にはすっかり上がっていた。

 闇を翔けるは、一匹の猫。闇と同化しつつあるその姿は、おいそれと把握出来ない。普通の人間からすればだが。


「…………」


 軽やかに降り立つ。その猫は鈍く光り、やがて一人の少女の姿へと変貌する。今の時間帯、人気ひとけのないこの河原では誰かに見られることはないし、また人の気配がないことは確認済みであった。

 リリアは葛藤していた。どうすれば強くなれるのか。確かにそれもそうだが、そんなすぐに強くなる方法があるはずもないと理解はしていた。問題としているのは、紗希と顔を会わし辛いことであった。


 病院の一件、紗希が自分に感謝しているのは分かる。それについては素直に嬉しい。だが、自分が強くないばかりに、紗希にも危険が及んでしまった。それをどうしても気にしてしまう。

 そんなことないと言ってくれた紗希の言葉も受け止めた。しかし、一度気にして、そんなことないとはっきり否定してしまった手前、紗希のもとへと戻りづらい。


 何とも陳腐な自尊心だ。リリアは自嘲した。そのくせ、紗希に危険がないように眺めていたり、処刑人に紗希を護るように頼み込むしか出来ない。リリアは、自分で自分が情けないと蔑んだ。


「お前は弱い」


「くっ……」


 そしてそんなことを考える度に、頭の中で声が響く。忘れそうにもない。いつまでもしつこくつきまとう。

 嫌になるほど、絡め捕られるかのような声だ。


 ここ最近は特に酷い。不思議と、紗希と一緒にいた時は聞こえてこなくて、本当に居心地が良かったと振り返る。


 紗希のもとへと戻りたいのは山々だ。処刑人を圧倒するくらい強くなれたならば、即刻紗希のもとへ行けるだろう。だからといって、また"アイツ"のところへと帰る筈がない。


 これからどうしようか。結局リリアには答えが分からなかった。そんな時だ。


「こんばんは」

「……誰?」


 まさか人がいたとは思わなかった。急に現れた気配を警戒するも、リリアは出来るだけ平静を装い問うた。


「あぁ、そういやあの時君は気絶してたんだっけ? なら知らないのも仕方ないか。それじゃあ、改めて始めまして。まぁこれでも、執行者をやっている」

「……!?」


 バッと跳んで後退した。もしかしたら猫から人へと変わった瞬間を見られたかと危惧したが、杞憂どころではない。執行者。考えてれば、普通の人間の接近に気付かないわけがなかった。


「へぇ、けっこう良い動きするね」


 得体の知らない執行者は、リリアに近寄る足を止め喝采した。


「おっと、自己紹介の途中だったか。名前はね。アッシュって言うんだよ。もちろん機関から与えられた名前だけどね」

「……」


 こいつが。

 病院の一件のあと、リリアが意識をなくしてからのことは、一通り紗希から聞いていた。二丁拳銃を使っていた、クランツという執行者の後任が現れたと。

 そのアッシュという名前も、もちろん耳にしていた。ついでに、その時紗希に尋ねた印象は、「温和そうなようで、でも本当は違うんだと思う。一瞬だけ感じた殺気は怖かった」という。


 その一言だけで、十分すぎる程伝わった。執行者というだけで気に食わないが、その内面はもっと気に食わないということだ。今初めて目の前にして思う。確かに、得体が知れないと。


「……それで私に何の用?」

「……っ、…は、ははは、あはははははははは!?」


 何が可笑しいのか。アッシュは突然吹き出して、腹を抱えて笑い出す。随分隙だらけに見える。今のうちにカマイタチでも撃ってやろうかとリリアは思った。僅かに風を呼び始める。


「……はぁ? けっこう頭鈍いのかな。ちゃんと言っただろ。執行者だって。……執行者が魔界の住人に用があるのなんか、一つしかないだろ?」

「……っ!?」


 一瞬にして空間を押し潰すようなプレッシャーに圧倒される。いやそれだけじゃない。寒気すら覚える。これがこいつの殺気なのか。処刑人と同等以上ではないのかとリリアは感じ取る。その間に、アッシュは一気に距離を詰めていた。


「遅いよ」

「……っ」


 横一文字に何かで振り抜かれる。何とか飛び退いて避わすことだけは成功した。先程、早めに風を呼んでいたのが、幸を成した。もし何も準備していければ、今ので殺られていたのかもしれない。


「へぇ、うまく避わすね……。けど、そうこなくっちゃ」


 完全に殺りにきている。容赦なくアッシュは攻め立てる。アッシュが手にしているのはナイフだ。少々装飾が施され物々しいが、たったそれだけの武装だった。


「風のエアブレイド

「む?」


 距離を取りたいのだが、その武器からアッシュは近接戦を得意としているだろう。とても易々と距離は作れない。ぴったりと張り付いて、リリアの動きについて来る。

 いつまでも避わしきれないか。リリアの体に刃が掠め始める。仕方なしにリリアは風を具現化して鋭利な刃をその腕に宿したのである。


「へぇ面白い戦い方するね」


 特に驚いた様子はない。むしろ、確かに人間には出来ない芸当ではあるが、だからどうしたとでも言いたげだ。その証拠に、アッシュの攻撃に変わり映えたものはない。


「せいぜい頑張りなよ。生かすか殺すかまだ決めてないんでね」


 生殺与奪。アッシュは自分の気分次第だと口にした。

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