2:迷いⅣ
教室の後ろで集まる皆を押し退けて、狭山を問い質す。
「何してんの?」
「あ、サキリン。今良い感じで集まってるぞ。これでサキリンが勝てばかなりの儲けだ」
見れば庵藤の方に予想が集中しているらしく、ほとんど買われている。一方私の方は……いやこれだともはや勝負しなくてもいいんじゃないのかと思う。
「ついでにアンケートも取ってたんだ。サキリンのメイドを見たいかってのだと、男女両方とも見たいが多いぞ」
「絶対やらないから!」
きっぱりと断る。何でそんなことを私がしないといけないのか。メイドなんて絶対嫌だ。
「これがアンケート?」
「そうだけど?」
即出で作ったんだろう。ダンボールの素材で囲まれた小さな入れ物から、集めたアンケート用紙を回収する。本当に多いことに驚きだ。
「ん?」
ふと気付いた。ちゃっかり記入者の名前まで書いていた用紙だが、意外な人物の名前があることに。
「あ……」
「……加奈。何これ?」
瞬時に本人は悟ったようだが、意外な人物とは加奈のことだ。何で私をメイドに貶めたい賛成派にいるのか。
「どういうこと?」
優子といる加奈にずいっと近付いて追及する。もちろん逃げ場など作らせない。
「……えと、私も見たかったし」
「見たかったし。じゃないよ」
「ごめん。つい。ちゃんと勉強見てあげるから」
「本当?」
「ほんとほんと」
正直加奈に勉強をみてもらわないと、まず成績を落としかねない。加奈を仲間にするのは必須条件だった。
「でも紗希が勝ったらメイドないけど?」
「うん。確かにそれは非常に残念かな。でも紗希が困ってるなら助けたいしね」
優子の指摘に対し、加奈は嬉しいことを言ってくれる。私は本当に良い友達を持ったと思う。
「加奈……」
「はいはい分かってるって。でも本当に頑張らないとね」
「あ、じゃあ僕も教えようか?」
「……うるさい」
より状況を悪くさせた本人、もとい狭山を黙らせる。これでもかというくらいに冷たく言ってやった。
「……おぉ……。……おかしくね? 加奈っちだって賛成派なのに。これが男女の違いという奴か?」
そんなことを言ってクラスの男子に同意を求めていた。むしろ普段の行いである。
とまあそんなことがあり、私はテストにより一層打ち込む必要になった。優子や加奈から言わせれば自業自得らしいのだが、今になって言っても、後悔先に立たずというやつだ。とにかく勝つしかない。
さっそく今日からでも勉強会が出来たら良かったのだが、何と二人に都合があるため勉強会が出来なくなった。むぅ。
「泣かない泣かない。今日は無理だけど、ちゃんと見てあげるから」
「そうだよ紗希」
「いや泣いてはないんだけど」
無理なら仕方ない。自分一人でも家で勉強しないといけない。そう思って帰宅した。そして今……。
実際に机にかじりついて、試験範囲の復習に専念している。いや、したいのだけど。
「何だこれ? 意味わかんねぇぞ。何て読むんだ?」
「いいから邪魔しないでよ」
珍しく思ったのか、背後からギルが覗き込んでいる。気になる箇所を見つける度に(というかほとんどだが)、何なのか尋ねてくる。はっきり言って勉強出来ない。
「暇なんだよ」
というのがギルの言い分だった。ならいつものように、私の部屋にある漫画でも読んどけばと思ったのだが、どうやらもう読破してしまったらしい。けっこう読むの早いなと思う。でも、だからといって邪魔されるわけにはいかない。
「ならこれでも読んどいて」
「何だこりゃ」
渡したのは日本史の教科書。今やっているのは苦手な数学で、今はまだ使わない。それに日本史ともなれば、漫画が読めたギルにも読めるだろうし、かなり厚いから良い時間稼ぎになる。教科書が分厚くて良かったことはこれが初めてだ。
「ん~? 何かつまんねぇな」
ベッドに仰向けに寝っ転がって、教科書を掲げて読み始めたギルの感想だ。ま、それはそうだろうなと思う。でもここで飽きられて再び邪魔されたくないため、私は一つ策を講じた。
「最後まで読んだら面白いから」
「本当か?」
大分疑いつつも、ギルは読み進める。何か意外にも素直なとこあるよなぁと、妙なところを発見する。ちょっと可愛いかもしれない。
「まだ全然つまんねぇ」
と度々口にする愚痴をバックミュージックに、私は数式を解き続けた。
「……う、ん、これは」
さすがに私一人の力では限界があったか。ちょっと応用になると、もうお手上げである。早々と解答を見ても、多少省略しているのもあり、何故そういう風に展開して、こんな結果になっているのか全く持って分からない。
「はぁ」
と少し楽な姿勢を取る。背もたれに体重を預けて、机に安置してある時計を目にした。家で勉強を始めてから、もうすぐ二時間くらい経つ。けっこうやったつもりだが、そんなに経っていなかった。
そういえばギルはどうしたんだろう。欠かすことのないくらいの頻度で愚痴があったはずだが、いつの間にか終わっていた。
後ろを振り返り、回転椅子を回すとギルは、何やらベッドの上で胡座をかいていた。
背を向けているため何をしているのか、此処からでは分からない。もしかして日本史の教科書を本当にずっと読んでいるのだろうか。もしそうなら、一応騙してしまったわけだし少し悪い気もした。
「ギル。何やってんの?」
そう尋ねながらベッドに近付く。
「ん?」
とギルが反応した。
「ああ、つまんねぇから少しでも面白くなるようにな」
「へ?」