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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
4章 闇との境界線
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1:不安Ⅵ

「じゃあまた明日ね」

「うん、また明日…」


 そう言って優子と別れる。いや別れようとしていた。ここからあとは、もうそんなに距離はない。大丈夫だ。クランツも、スカルさんも、私みたいに標的にされることはないだろうと言っていた。


「紗希」

「えっ」


 急に呼ばれる。


「気にしないでよ。さっきのことなら。ほら、私ってあんまり過去は気にしないし、紗希のほうが気にしてそんな顔するほうがやだよ」

「あ、ご、ごめん」


 そんなに暗い顔でもしていたのだろうか。優子のほうが不安なはずなのに、私のほうが励まされてる。むしろ、優子は変なことを訊いて申し訳無さそうだ。頬をかいて、はにかんでいた。


「そうそう、そうやって明るい顔してるほうが紗希らしい」

「あはは……。テスト頑張ろうね」

「うん。あ、そうだ。勝負しよう。点数。買ったほうが駅前のドーナツを奢るの。どう?」

「あ、あの新作のでしょ。いいよ。そんなに高くないし。負けないからね」

「望むとこだよ、じゃあまたね」


 大きく手を振る。私も負けないくらいに手を振って返した。そうして見えなくなってきたくらいで、私も帰路を辿ろうときびすを返した。


「良い友達だね」

「……っ!?」


 いつの間にいたのか、私の横から声を掛けられる。いや、優子を見送ろうとしていたときは確かにいなかった。私が振り返ったと同時に現れたのか。


「僕のこと覚えてる?」

「……あ……」


 聞かれるまでもない。誰かを確認した瞬間に思い当たる。クランツの代わりに派遣された執行者。確か、アッシュとか名乗っていた……。


「その顔では覚えてるみたいだね。紗希ちゃんみたいに可愛い娘に覚えてもらってるのは光栄だよ」


 魔界の住人ではない。執行者であることが少しだけ私を落ち着かせた。けど緊張はある。病院で初めて会ったときと同じ様に、柔らかな雰囲気を醸し出している。  いや、それが逆に、垣間見せた凄まじい殺気立った空気を思い出させる。いったい、私に何の用なのか。


「な、何か……」

「あれ? もしかして緊張してる?」


 ずいっと近付いて来て、そんな風に私を観察してきた。


「そんなことは……」

「いや、いいよいいよ。聞いてるよ。狙われてるんだってね。大変だよね~。そんな境遇じゃあ、おいそれと他人を信じられないのは仕方がないよねぇ」


 実際、この人を信じられないのは、何を考えているか分からないからだ。分からない点で言えば、ギルもクランツにも分からないことはある。

 ギルは、誰かを探してるから処刑人をやってるって言ってた。でも、いったい誰を探しているのか。どうして探しているのか、それ以上は全く教えてくれない。

 クランツも、何故ギルをそこまで目の敵にするのか分からない。でも、この人は違う。会って間もないし、大して話していないのもあるが、決定的に違う。


 底が見えないんだ。クランツのように、魔界の住人を積極的に殺そうとするわけでもない。かといって、ギルを見逃すつもりはないらしい。私でも、それくらいは以前会ったときに何となく分かる。けど、どうして私の前に現れたのか全く分からない。


「……考えてる? 僕が何しに来たか」

「え……いえ、そんなことは……」

「……へぇ、そう……?」


 とっさに誤魔化したわけだが、この人には何もかもお見通しのように感じられる。それほど強いプレッシャーを感じていた。

 見下ろされる視線から目を背けられない。背けたが最後、自分がどうにかなってしまいそうになる。どうしてかは分からないけど。


「もちろん君に用はあるよ。……人もいるし、帰りながら話そうか」

「……は、はい……」


 承諾するしかない。空気が少しだけ重くなった。何だろう。同じ執行者だというのに、クランツとは違う。まるで魔界の住人と対面している気分だった。


「単刀直入に訊くよ?」


 アッシュさんはすぐに本題に入ろうとしていた。却って有り難い。とてもじゃないが、落ち着かなかった。


「処刑人が何処にいるか教えてくれない?」

「……え、ギル、ですか?」


 ギルのいる場所が私への用件らしい。


「うん。そうだよ。あ、敬語はいらないよ。クランツもそうだったでしょ」

「あ、はい……」


 初めてクランツと似ているところを発見出来た気がする。いやそれより、ギルに用があるというのは……。


「それで、彼は何処にいるのかな?」

「あの、どうして……?」

「……気になる?」

「それはまぁ……」

「本当に? 僕が何者か分かってるのに?」


 この人は、明確に答えてはいない。だけど、察しがつくように話す。

 執行者の立場なら、魔界の住人を殺すのが普通だ。そう言われてる気がした。でも、それを決して自ら表には出していなかった。それがどうも、何か裏があるのかもしれない。そんな風に思えた。


「……ふ~ん」


 分からない。突如この人の発した言葉にどういう意味があるのか。まさか、私が何かしら感じたことを読まれたのだろうか。


「……で? 教えてほしいんだけど」


 私が答えないままでいたのに業を煮やしたか、催促してきた。私は何と答えたものか迷った。

 実際のところ、私はギルの居場所を知らない。連絡が取れるわけでもない。いつもひょっこり現れては、ぱったりと消えてしまう。

 私が知る内では、家に帰ればギルが居る可能性はある。けど、私は教える気はない。ギルを殺すと、少なくとも匂わせているのだから教えるはずがなかった。さらにこの人には、素直に話すことが躊躇われた。


「ん? どうしたの?」


 気遣うような言葉だが、催促に相違ない。恐らく私の予感は正しい。最近は悪い予感ばかりが当たっている気がするけど。さっきよりプレッシャーがじわじわと追い詰められているように強くなっている。何と答えるべきか。下手したら殺されるような気がしてならなかった。

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