エピローグ
長い夜が明けたあと、後日様子を見に行ってみた。病院に残った戦いの跡によって、何が起こったのかと報道されていたようだが、解明されることはないように思う。
それは、優子も何も覚えていないらしく、誰の口からも証言されることはないからだ。
その時には源川さんにも会うことができた。
「別の病院に行こうかなんて人もいるんだけど、私もどうしようか悩んでて……」
なんて、相当にまいっているらしく、愚痴をこぼしていた。
「大丈夫ですよ。きっともう、何も起きませんから」
だから私は教えてあげた。
「え? どうして?」
「あ……、何かそんな気がするんです」
当然の質問だったが、私は理由を言うわけにもいかず、何とか誤魔化しておいた。
それから、優子はわりと早くに退院することになった。
「おっはよう!」
「おはよう優子」
今では優子はもうすっかり元気を取り戻し、むしろ元気すぎるくらいだった。
「おはよう。ところで鍋っていつやるの?」
加奈が思い出したように言うと、優子はしまったという表情を見せる。
「あ、そうだ、忘れてた。紗希いつがいい?」
「え、ほんとにやるの?」
今は全然時期じゃないのだけど。
「当然。久々に紗希と加奈と騒ぎたいしね」
「お前らうるさいぞ。もう少し静かにしろ」
そう言って注意するのは、朝の仕事が終わって帰ってきた庵藤だ。
「まぁまぁ。たまにはいいじゃん。あー、今日も可愛いよサキリン」
「サキリン言うな!」
狭山が朝から手がつけられない。また騒がしい一日になりそうだ。
けれど本当は、こうやって過ごせることが嬉しい。
桔梗さんと、名前も聞けなかった女の子のことを思い出しながら。
もう、あんな悲しいことは起こってほしくないと。
そう思いながら、今日も過ごしてゆく。
§
ざわざわと黒い無数のものが蠢いていた。よく見ればそれらは球体で、跳ね回りながら何処かへと向かっている。
「ご主人たま~」
一匹が声を発した。呼ばれた者は振り返ることなく返事をする。
「魑魅どもか。今は忙しいんだ。あとにしろ」
「でも……二号がやられました」
「……なに?」
それは呼ばれた男にとって驚くべき事実だったようで、興味を向けた。
「誰にだ?」
「スカルヘッド、スカルヘッド」
「処刑人、黒い、処刑人」
口々にその名を述べた。騒がしいともいえるなか、普段ならこの男も怒声を浴びせるだろうが、それ以上に驚愕していた。
「スカル、ヘッド……。あぁ、あの医者か。そうか。あいつが……。ついに俺を殺したのか。しかし処刑人とは……もっと詳しく聞かせろ」
「はい~」
またもや口々に述べ始めてしまったので、さすがに男は止めた。一匹を適当に指名し、それから詳しく事情を聞いた。
「なるほど……。つまりスカルヘッドの奴は、俺の偽物を殺して復讐を果たしたと思っているわけか。クハハハ、好都合だ。このチャンスを逃す手はない。処刑人も猫のガキも、協力した人間も、聞けば聞くほどこの上ない素材じゃあないか」
「ご主人たま。どうします?」
「殺人ウイルスはスカルヘッドに取られただろう。ならばワクチンもあいつならすぐに開発するだろうよ。何か別の手を考えねばなるまい。それに、カゲツも死んだとなれば、駒が必要だ。偽物とはいえ、俺がやられたんなら相当の準備もいる」
男の名はエルゴール。こいつこそがオリジナルであり、スカルヘッドを作り変えた張本人であった。
「ははっ、いいぞ。楽しくなってきた! くは、ははは、はははは、はーはっはっはっは!?」
仰け反りながら嘲笑い、その高ぶっている姿はまさしく狂気の塊だった。
エルゴールの策略はまだ終わっていない。
狂気に満ちた男が動くのも、そう遠くはない。