6:真意Ⅵ
スカルさんの話は、ゆったりと丁寧な語りだった。
桔梗さんのように人間だったこと、エルゴールの手によって変えられたこと、今までずっと探していたことを教えてくれた。
ただ、どういう経緯だったかまで詳しいことは語られなかった。
そして最後に付け加えた。
「私は医者であることに誇りを持っていマス。なのに私は、復讐心にとらわれていた。助けることよりも殺すことを取ってしまった。それをギルさんとあなたに気付かされました。ありがとうございマス」
「あ……」
「感謝しますヨ」
立ち上がったスカルさんが深々と頭を下げた。
「い、いえ……」
私はどう反応したもんかと、しどろもどろになってしまう。その時、パチ、パチと叩く音が聞こえた。
「いやぁ良い話だね。もう少し趣向を凝らせば泣けてしまうかもしれない」
「……!?」
現れた男はいったい誰だろう。そう思ったときには、ギルが男の仮の名を呼んだ。
「……執行者か」
執行者というと、クランツと同じ……。
「正解だよ。そう。僕は執行者。何なら紋章見る?」
そう言って執行者は、ジャラ……と鎖がついている懐中時計を見せる。それに刻まれている紋章がそうらしい。
「何しに来た?」
「何しにって。……処刑人、闇医者、黒猫と。魔界の住人が三人も集まってるんだ。執行者がいて何の不思議があるんだい?」
「ま、待って! 皆は……」
言われてみればそうだ。クランツじゃなくて、この人が来たということが気になるが、今はそうも言ってられない。
何とか戦わなくてもいいと分かってもらわないといけない。そう思ったのだけれど、彼はすぐに翻した。
「なんてね。いや、君らはどうでもいいよ。人間を襲うつもりもなさそうだし。本当はこの病院を調べに来たんだけどね。けどまぁ少し遅かったかな。君らが代わりにやってくれたみたいだしね」
本当に彼は執行者なんだろうか。何だかクランツと比べると、柔らかい雰囲気を醸し出している。敵意もなく笑顔を見せている。そのシャツを羽織る風貌からも、一般人と変わらなく思える。
「くだらねぇ嘘はやめろ。お前も俺らと同じように潜り込んでたんじやないのか」
「え?」
ギルの言葉に私は驚かされてしまう。
「へぇ……どうしてそう思うんだい?」
「隠してるつもりか知らねぇが血の匂いがするんだよ。お前から。わりと新しい血の匂いが」
「……それも正解。何だやっぱバレちゃったか。ほんと、クランツに聞いてたとおりだ。いやぁまいったな」
「……!?」
そうして笑う執行者。その歪んだ笑みだけで、一瞬にして空気を凍らせる。本当に執行者なのか。いや、本当に人間なのか。むしろ、敵意を剥き出しにした魔界の住人が目の前にいるような錯覚を覚える。
「ほんと、殺しがいがありそうだ」
「だからどうした。今ここで殺るか?」
「いいや。今日はただ挨拶したかっただけだよ。クランツの代わりに、僕が統治することになったからね」
「え? な、何で?」
クランツの代わりとはどういう事なのか。私は反射的に訊いていた。
「あぁ、君が神崎紗希ちゃんか。思ったよりけっこう可愛いね。クランツなら本部に戻ったよ。片腕を失ったんだから戦力も半減だからね。その代わりに僕が派遣されたんだよ」
納得したかい? と口にした執行者は、いつの間にか柔らかい雰囲気に戻る。でももう、先程垣間見せた殺気は頭にこびり付いてしまった。私の中で、早々に緊張を解くことは出来そうにない。
「……そうデスカ。つまり、先程急に病院が灯ったのもアナタの仕業だト。どうせだから答えくれませんカ。アナタが潜り込んで何をしていたカ」
「別に何もしてないさ。君らがいること分かったから。僕は任せてサポートに回っただけだ」
「つまりアナタは自分の手を汚さなかったわけデスカ」
「そういう言い方はないんじゃないの? 人殺しの医者がさ」
「……っ」
スカルさんは素早く何かを手にした。そしてその何かは執行者へと瞬時に伸びる。
「っと、危ないじゃないか。僕は人間だよ? こんなの刺さったら死んじゃうなぁ」
一気に伸びた線状のモノを、執行者は指二本で受け止めている。その上で、首を反らして軌道から逃げていた。
「……っ、何故……」
「何故って、別に理由なんかないよ。まぁ、有名なのも困りもんってことだねぇ」
「ぐ……」
何のことを言っているのか、私には見当もつかないままだ。いったい何の話をしているのか。そう言葉にしようとしたところ、ギルが割って入る。
「前置きはいいんだよ、本当は何しに来た?」
「いやだなぁ、本当に挨拶だけさ。ちょっと悪乗りしたのは謝るよ。僕の悪いところさ。だからこれも収めてくれないか?」
「……」
しゅぅ……と伸びていたモノがスカルさんの手元に戻った。そうして、それがようやくメスなんだと分かる。
「ありがとう。それじゃ、僕はここらで帰るとするよ」
本当に挨拶だけだったのか、あっさりと退く素振りを見せる。そうしたところで、何かを思い出したように呟いた。
「あぁ、忘れるところだった。挨拶に来たんだから、名前を名乗らないとね」
闇に溶けながら、執行者はその名を告げた。
「僕はアッシュ。もちろん与えられた名前だけどね。以後よろしく……」
いったい何だったのか。結局本当に挨拶だけだったのか。けれど、彼が残した不穏な空気までが消えることはなかった。