6:真意Ⅴ
遠くじゃないところで叫び声が聞こえた。声からしてギルじゃないのは確かで、スカルさんのものでもないと思う。気にならないわけじゃないけれど、気を失っている優子とリアちゃんを残していくわけにもいかない。私はただ、ギルが無事に戻ることを祈った。
それから、たいした時間も経たない内に、ギルと、そしてスカルさんが戻ってきた。
「紗希!」
「え……」
何やら慌ててるような感じでギルの声が聞こえた。無事だった。そう思えたのが嬉しくなって振り向く。
「無事か?」
そう言ってくれたギルは上半身裸の上に、何重も包帯を巻いていて、短い間に酷い傷を追ったのが分かる。
「私は。でもリアちゃんが。それにギルだって……」
「俺はこんぐらい何でもねぇよ。……スカルヘッド!」
「分かってますヨ」
追い付いたスカルさんが、リアちゃんのもとへ駆け寄る。桔梗さんが手当てしてくれたけど、気を失ってしまったリアちゃんは心配だった。私には医療のことなんか、全く分からなかったから。
本当に、私は何も出来ないんだなと思う。
片膝をついてしばし止まったスカルさんが、ぼそっと口を開いた。
「……これは、いったい誰が……」
「桔梗さんが……、あの、看護士さんが……」
「……そう、ですカ。あの人が……。とても、手際が良い。優秀な方だったんですネ」
「それじゃあリアちゃんは……」
「このままでも大丈夫ですネ」
「……あ、はい」
私はそれだけしか言えなかった。違うのに。言いたいことがあるはずなのに。
「どうかしたか?」
そんな風に考えていたからか、ギルが気にかけていた。
「あ、エルゴール……は?」
それだけ思い付いて尋ねる。
「……ちゃんと殺した。あいつがな」
ギルは私がいつもと少し違うと感じたのか、訝しげな表情だった。それでも追求はなく質問に答えてくれる。ギルはその本人を親指で示した。
スカルさんはギルと違って表情が読めず、何を思っているのか黒い空を見上げて座り込んでいた。
……あの時の、楽観的な態度はどうしたのか。
「おい?」
ギルが気にかけるのも無視して、私はスカルさんのもとへ向かう。
「紗希さん? どうしましタ?」
スカルさんが私に気付いて見上げる。妙に精巧な髑髏は、やっぱり気が引ける。でも、今の私にはそんなこと気にならないほどだった。
「……スカルさん。訊きたいことがあります」
「何ですカ? 何でも答えますヨ。好きなもの、嫌いなもの、好きなタイプからスリーサイズまで、何でも答えれますヨ。あ、でもやっぱりこの仮面の理由はちょっと答えられ……」
「真面目に聞いてください!」
声を張った。スカルさんの態度に正直腹が立った。いきなり私が大声を上げたために、スカルさんは驚いていた。ギルも何事かと思ったことだろう。
「……分かりましタ。いったい何でショウ」
スカルさんの態度が改まったのを確認して、私はようやく口にした。
「あの時、どうしてギルを追ったんですか?」
どう言おうか迷ったはずだが、いざ口にしてみれば言葉足らずの質問になったと気付く。でも、スカルさんには伝わってくれたようだ。
「……私が向かったから、リリアさんでしたか。あの娘が瀕死になったと、そういうことデスカ。私を責めるのもどうかと思いますが、エルゴールを確実に仕留めるため、ですヨ」
スカルさんは大した間も措かずに答える。
「それは、ギルが行ってくれて……」
「エルゴールはかなり狡猾でしタ。ギルさんだけでは逃がしてしまうかもしれナイ。念のために私も向かっタ。これでは納得できませんカ?」
「……でも……あの時リアちゃんと協力しようって言ったのに……」
「あれは暴走していた彼女の気を引くためですヨ」
「……っ。でも私、は……」
違う。そうじゃなくて。違うのに。そんなの。でも、私にはこれ以上何も言えそうになくて、どうしようもなく、涙が邪魔をする。
「いいよ紗希」
ふわりとギルが頭に手を置いた。それが余計に涙を誘う。言いたいことも言えない。自分の弱さがとても悔しい。
「うぁっ、っあ……」
「……泣かせるつもりはなかったのデスガ」
「だろうな。紗希はこういう奴なんだよ」
「……はぁ、そうですカ」
スカルさんは呆れたように言う。
「紗希の言ってることも分かるけどな」
「それはどういうことデスか」
「大体俺が逃がすかもしれねぇと思ったってのが気に喰わねぇよ」
「……」
「本心は嘘なんだろ。自覚してねぇのかもしれねぇが本音は違う。追ってきたのは自分で復讐したかったから。自分で言ってただろうが、ようやくこの手で殺せるってよ」
「……! 聞いてたんデスか。あの状況で。ホント大した人デスね」
「……気が晴れたか?」
「……分かりませン。別に失った人が戻ってくるわけもナイ。出来ることなら、エルゴールがいない昔に戻りたいデスね」
「無理だな」
「……デスね。紗希さん」
「ぁ、はぃ……」
少しは落ち着いた。涙は拭って少しだけ調子を取り戻す。
「すみません。本当は、あなたの言うとおりだっタ。私は、エルゴールへの復讐心を第一にしました。あなたとあの娘を無視して。医者であるのに、助けることより自分の欲を優先しましタ。本当に恥ずかしい」
「あ……いえ」
まだ涙声のまま私は答えた。ただどうしてなのか言っておきたかっただけで、謝られてしまったらそれはそれで困ってしまう。
「まぁ、逃がすかもと思ったのも確かなんデスが……っイタイっ!」
ポカリとギルがスカルさんを殴っていた。
「代わりと言っては何ですが、聞いてもらえますカ? 私の話」