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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
3章 病院に潜む影
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6:真意Ⅳ

「く、来るな」


 エルゴールは完全に裸の状態となり、自分を護る者がいない。選んだ手段は、精製中のウイルスが入った試験管を楯にすることだった。


「……」

「そうだ。これには殺人ウイルスが入っている。それは恐ろしい細菌だ。あっという間に広がり人間はもちろん、魔界の住人だって殺してしまうぞ」

「それはおかしな話ダ」

「な、何がだ……?」

「魔界の住人も蝕むなら貴様も危ういだろウ」

「……っ。わ、ワクチンだ。俺はワクチンを持って……」

「なら話は簡単ダ。貴様を殺して奪えばいイ」

「……ぐっ」

「というより、猿芝居はやめろエルゴール。まだ完成はしてないんだろウ。だからいまだに持って逃げようとしていル。完成しているなら、使ってしまえば私たちを簡単に殺せたからナ」


 完全に見破られている。ハッタリ任せの脅迫も、陳腐な取引も叶わなかった。


「そろそろ殺して……」

「舐めるなぁ!」


 エルゴールは叫んだ。

 ああ、そうだ。今俺はこいつに、かつて俺が蹂躙した相手に追い詰められている。見下されている。そんなことがあっていいものか。あっていいはずがない。

 躊躇っていた最後の手段だ。みすみす殺されるというのなら、使ってしまおう。俺はまだやるべきことがある。まだ死ぬわけにはいかない。

 エルゴールが秘めるのは生への執着。こんなとこで死ぬわけにはいかないという強い覚悟だ。


「死ぬのは貴様だスカルヘッドォ!」


 エルゴールが取り出したのは注射器だ。素早くそれを自分の腕に打ち込む。


「……っ。しまっタ……」


 まだ隠し持っていたのか。何の薬だ。何の効果があるのというのか。スカルヘッドに焦りが生まれる。だがもう、時は既に遅かった。


「ハァ……ハァ……もう遅い。これで……っああっぐぅああぁ……!」


 ドクンと脈を打ち、エルゴールの体に異常が見られる。僅かながら筋細胞が刺激されて膨らんだ。その影響でエルゴールの着衣はビリビリと亀裂が走る。


「……っ!」


 そして消えたかに見えたエルゴールが、スカルヘッドの首に目掛けて襲い掛かった。


「ハァァァ!」

「ぐぅゥ……! まるで、獣だナ……」


 掴まれた腕を切り落とし、スカルヘッドは窮地を脱した。


「っハァ……馬鹿め。口裂けに打ったものとは違うぞ。純粋に能力を上げるだけだ」

「……そうカ。そいつは良かっタ」

「がっ、ぁぐっ!」


 エルゴールの身体に一本の線が突き刺さる。それは、スカルヘッドの手元から伸びていた。あまりに早い所作にエルゴールは反応出来なかったようだ。


「……貴様っ」

「意識があるなら、恐怖も分かるだろウ。貴様はただでは殺さんヨ」

「くそっ、くそっ……」


 エルゴールは自身を貫いているモノを抜こうと躍起になる。が、深く刺さった「それ」はビクともしなかった。


「懐かしいダロ? 貴様が私に与えた能力ダ」


 パキンっと無理矢理に叩き折ることで、エルゴールは肉体を貫くモノを取り除く。


「っ、ハァ……ハァ……」


 スカルヘッドが手にしていた「それ」は、少しずつ元の形へと回帰する。叩き折られたために不完全ではあったが、それは間違いなく「メス」だった。

 だがメスとしての機能を失ってしまったためか。スカルヘッドは手放すように捨ててしまう。


 次にスカルヘッドは大きな武器を取り出した。それは槍か、剣か、薙刀か。いや、どれも違う。これもメスだ。先程長く伸びてエルゴールを貫いていたのもメスであり、今手にしているニメートルもの巨大な武器も同じくメスであった。


 二本とも何処に隠していたのか。別に隠していたわけではない。スカルヘッドは普通のメスを、普通に所持していたに過ぎない。これがスカルヘッドの能力。名を「拡大縮小自由自在マジックハンド」。実に単純なネーミングだが、能力の本質を何より表していた。


 スカルヘッドがその手で触れるモノは、伸ばすことも縮めることも、拡大することも縮小することも思いのままだ。鉄、プラスチックなどその材質に制限されず、まさに魔法のマジックハンドである。


「私がこの時をどれだけ待ち望んだカ。ようやくだ。ようやくこの手で、貴様を殺してやれル」

「くそっ、カゲツっ……!」


 勝ち目がない。そう判断したエルゴールには、これ以上手立てが残っていなかった。あとはもう、最高傑作とした作品に頼るしかない。


「っ……」


 ギルとカゲツは両者とも、激しい攻防を繰り広げていた。ほとんどその動きは互角で均衡を保っていた。だが徐々に、だが確実に、カゲツが圧され始める。カゲツはまさに影そのものだ。急所など存在しない。なら、ギルの攻撃をいくら受けたところで意味はない。


 だがそれについては、黒い炎が凌駕していた。熱さも感じず、痛みもないカゲツだが、その黒い炎により体を少しずつ蝕まれていた。ただの炎なら問題はなかっただろうが、この特殊な炎は対象を燃やすものではなく、どちらかと言えば消滅に近かった。


「くそっ」


 カゲツは振りかぶった。それが悪手だったわけではない。悪かったのはただ一つ、その相手が悪かった。


「外に出たのは間違いだったな。おかげで黒炎こいつが使える」


 カゲツの叡山剣を、ギルはその炎で喰らい尽くした。そのままカゲツへと炎を撃ち込む。集中的に炎を宿した右手で、敵の肉体を突き破る。どんなに堅固でも、黒炎の槍に貫けぬものはない。


煉獄穿れんごくせん!」

「……ッ!?」


 腕をうずめた状態で、さらに敵は全体を炎に包まれる。


「ギィ……ァアァァアァア!」

「……っ、そ、そんな、馬鹿な……」


 エルゴールが目にするのはただただ激しく燃え盛る黒い炎だ。包まれているのは紛れもなく自身の作品であった。


「あぁ。お前の傑作品は思ったよりも、随分と燃えてくれる」

「ぐ……ぅ」


 何なんだこいつは。あまりに冷たく笑う。処刑人だと。それどころか、こいつは、その手に黒い魔性の炎を宿す姿はまるで……、悪魔か死に神じゃあないか。


 そうエルゴールは背筋を凍らせた。自分に間違いなどあるはずがない。エルゴールはそう今まで常に確信してきた。隠し部屋に乗り込まれた時も、まだ覆せると考えていた。だが今になって、ようやく、エルゴールはこいつに、この黒い処刑人にだけは近付くべきではなかったと、後悔の念を感じた。それが、エルゴールの最期だった。


「消えろ狂気の塊。出来れば貴様には、ただの一度も会いたくなかっタ」


 大きく拡大されたメスが、彼女たちの、そして今回の元凶を両断した。

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