6:真意Ⅲ
「本当にそう思うのか?」
だが、エルゴールの言葉はスカルヘッドの予想を裏切った。
「俺の最高傑作を甘く見るなよ」
確かに心臓を貫いた。今まで何度も殺してきた経験が、寸分の狂いもなく実行させた。かに思われた。
「残念だったな処刑人。私に心臓は存在しない」
「……!?」
逆にギルの腕を掴んだカゲツはそう得意気に語る。
「っ……」
腹に重い衝撃を受けてギルは頭を垂れた。その隙に、既にカゲツの次なる形は完成していた。その姿は何てことはない。小柄な剣士に近かった。体格だけじゃなく、武器も(これも真っ黒に統一されていてカゲツの一部だろうが)大刀だけであり、先程までのケンタウロスのほうが幾分か強そうではあった。
「そろそろ本気でやろうか」
大刀を振りかざすカゲツを確認すると、ギルは極限のスピードを以て距離を取った。
「こっちだ」
「……!?」
地を蹴り敵の動きは見逃さず、ギルは後ろに跳ぶ。追ってこようが返り討ちにする準備はあった。カゲツはそれすらも超える。跳躍したギルの背後に回り、大刀を構える。
前の形態も遅くはなかった。そして今回はさらに速い。
「……!?」
下から上へと振り上げる。狂いはない。ギルはさらにスピードを上げて大刀を避わした。カゲツの背後に回り、遠心力を加えた蹴りを繰り出す。狙いは頭部だった。カゲツは驚愕した様子もなく、頭を垂らせて避けると、そのまま大刀を振り回す。
「ち……」
迫る刃をギルは両の手で止めた。
「それで止めたつもりか?」
「っ……」
カゲツは無理矢理振り抜く。力任せだがその手は有効だった。その力に圧されてギルは吹き飛ばされてしまう。
「叡山剣」
続けてカゲツはもう一度剣を振るった。上から下へ真っ直ぐに振り下ろす。完全に間合いの外だが、斬撃は黒い衝撃となりて剣から放出される。まだ態勢を立て直していないギルにそれが襲いかかる。
「いいぞぉ! カゲツ! ついでにこの出来損ないも殺せぇ!?」
エルゴールは歓喜する。出来損ないとはスカルヘッドのこと。最初からこいつに任せれば良かったと、エルゴールは反省するほどに賞賛した。同時にそれは、カゲツを作り上げた自分への自画自賛でもある。
「…………」
「おい、どうした。カゲツ」
エルゴールは自分の声に反応しないカゲツを叱咤する。
スカルヘッドは出来損ないと言われることには怒りは感じない。自分自身でも出来損ないの体だと感じていた。
怒りがあるのは、自分を変えたこと。そして今もそれは変わらず同じ所業を繰り返していること。そして、戦況が分からぬほどにエルゴールの頭が悪いことだ。
「相も変わらずの低脳ぶリ。飼い主が馬鹿だとペットも苦労するカ」
「……何だとっ」
「処刑人は殺す側ダ。あの程度で殺されるはずがないだろウ」
「……っ」
瞬間、場の空気が変わる。この場にいる、全員の息の根を一瞬で止めんとする程の強烈な殺気。そしてそれは具現化し、処刑人から派生するのは魔の炎だ。ガチガチとエルゴールは恐怖し、完全に呑み込まれていた。
「……スカルヘッド。そいつはてめぇに譲ってやる」
その絶対的な殺気を、ギルはカゲツへと向けた。ようやく、全力で殺すべき対象だと認めたのだ。
「いいんですカ?」
スカルヘッドはあえて尋ねた。
「時間かけてられねぇんだよ。俺はこいつを殺す。てめぇはそいつを仕留めろ」
「それは好都合。まァ、エルゴールに手を出すなと言われても、絶対に譲る気はないですがネ」
「ぐっ……。カゲツ……!」
エルゴールにとって、状況はより悪くなったと言える。このままでは自分にも危害が及ぶと察したのだろう。すぐさまカゲツを呼び寄せる。が、反応するカゲツの前には、禍々しい黒炎と、鋭利な殺気を纏う処刑人が君臨する。
「飼い主を助けたけりゃまず俺を殺してからだ」
「……主。少々、時間がかかるかと」
「貴様っ!」
「終わりダ、エルゴール。自分のしてきた報いが今、貴様に刃を向けていル」
一本のメスを向けて、スカルヘッドは宣言する。
「ぐ……っ……」
少なくとも、スカルヘッドはエルゴール自身で対処しなくてはならなくなった。エルゴールは一筋の汗を滲ませる。自身の力量を、誰より自分が分かっている表れである。
「来いよ傑作品。時間がねぇのはお互い様だ。悩む暇があるなら、その間に殺しちまうぞ」
「……。……それもそうだ。早々に片をつけさせてもらう」
カゲツとギルの間には、もはや問答は不要だ。生き残った者が助太刀に向かえる。ただそれだけのこと。ならば、本気で殺し合えばいい。実にシンプルな理論。実に簡単なことだった。