6:真意
「一時はどうなることかと思ったが……」
エルゴールはカゲツに乗せられ逃走を図っていた。すぐにこんな病院は抜けて、出直すことにしようと考える。また別の何処かを根城にして、必ずあいつらは殺してやると息巻いていた。
「よう」
が、何のことはない。裏にある駐車場を抜けようとしたところ、処刑人が眼前に現れる。
「……っ、あの役立たずが」
薬を使ってやったというのに、足止めにもならなかったかとエルゴールは舌打ちする。せめて負傷でもしているならと思うが、備え付けられた電灯に照らされ確認する限り、そんなものは見られない。
「時間をかけてやるつもりはねぇ。さっさと殺してやるからそのつもりでいろ」
ビリビリと研ぎ澄まされた殺気を、エルゴールは肌で感じていた。
……こいつはやばい。
エルゴールがそう感じる頃には、ギルはもう懐にまで到達していた。
「……っ!?」
エルゴールは殺されるとさえ確信した。そのくらいギルは圧倒していたが、カゲツがギルの伸ばす腕を止めてしまう。
「さすが最高傑作ってか」
「殺されるのは主ではなく、貴様のほうだ」
カゲツはそう言うと、悠々とギルを投げ飛ばす。ギルもまた意に介さず易々と着地した。
「時間はかけねぇって言ったはずだがな」
「…………」
カゲツはただ黒い塊だ。それしか表現のしようがない。かろうじて四肢を象っている存在だ。だから、黙ってしまえば表情を窺う術はない。
「本気で片付けなければなりませんが、よろしいですか?」
「……くくっ」
エルゴールはただ笑いを零して、カゲツから降りる。
「構わない。俺はその隙に逃げるからな」
「御意」
二人の動向は、隠そうともしておらず、当然ギルにも聞こえている。
「逃がすわけねぇだろ。そこから一歩でも動けば殺す」
「ちぃ……っ」
完全にエルゴールは臆していた。本気だ。ハッタリなんてものは微塵も感じさせない。必ず口にした通り、問答無用で殺しにくる。
「主。逃げなくても一緒です。むしろ逃げないほうが殺される」
「……あ、ああ……」
カゲツの言葉で少し自分を取り戻したエルゴールは、震える声で返答した。となれば、ギルがどれだけ殺気を叩きつけたところで、どうにか逃走を図るだろう。
「ならお前からだな」
殺人ウイルスを所持するエルゴールを先に殺すべきだが、カゲツのほうが厄介そうだと見越す。ギルにはわざわざ待つ義理もなく、カゲツをその右腕で貫いていた。
「速いな」
カゲツは素直に感想を述べる。表情もなく、痛がっているかさえ分からない。
「……!」
いやおそらくは、効いていないだろう。何の憂いもなく、カゲツはギルを捕らえようと腕を伸ばす。腕を引き抜いてギルは間合いを取った。
「俺が速いんじゃねぇよ。お前が遅すぎるんだ」
「ああ。だから、私よりは速いだろう?」
「……?」
カゲツは実に冷静だ。不気味なほどに落ち着いている。何か狙っているのか。ギルがエルゴールを視野の中心におく。だが、まだこの場に留まっているエルゴールが、何かをする様子はない。
「余所見をしていていいのか?」
間近に聞こえた声に反応すると、カゲツはゆっくりと歩いてきていた。
「遊んでる場合か! 早く片付けろ!」
エルゴールは急かしていた。本当にこいつで俺を殺す気かと、ギルは内心、穏やかではなかった。
「御意」
カゲツは了承すると走り出した。間合いに入れば腕らしきもので振りかぶる。力はあるだろうが、ギルにとっては避けれないほどではない。
「……っ」
何が起こったのか。完璧に見切ったはずだが、横っ腹に響く鈍い衝撃にギルは困惑した。地に手をついて反転し、態勢を立て直した。
「随分と変わるもんだな」
口から垂れる血を拭いながら、ギルはあっさりと納得する。どういうカラクリかはどうでもいい。とりあえず、予想を遥かに超えるスピードで攻撃を喰らっただけの話だ。カゲツの形態が変わっていたのなら、それが真の姿なのだろう。
実際にカゲツは変わり果てていた。黒い塊であることに変わりはないが、明確に鍛え抜かれた四本の脚で立っている。人間の上半身がその上に象られ、二本の腕には螺旋状の剣が握られている。兜を被るその姿は、人馬と呼べた。
「これなら貴様のスピードにも容易く勝てる」
「……容易くだ? 舐めるなよ。傑作品だろうが所詮は作り物だ。俺に勝つなんざ百年早ぇ」
「ほう、なら百年後には私が勝てると?」
「馬鹿か。言葉のあやだ。実際には何年経とうが勝てねぇよ」
カゲツはそうか……と口にする。馬をイメージした瞬発力で突進した。その遥かに向上した機動力も問題だが、手に持つ獲物のほうが難解だった。リーチのある螺旋剣。フェイントも何もない。ただ一発当てれば必殺の一撃だった。
「……っ」
単純な突きを繰り出すカゲツだが考えなしには動いていない。そのリーチを生かし、ギルの間合いを制し反撃を許さない。
「ははっ、いいぞ。殺せ、殺してしまえ!」
休めることなく攻め続けるカゲツに対し、ギルは後退を繰り返しながら避け続けるしかない。その様をエルゴールは嘲笑した。攻撃に転じられないでいるギルに対して、恐怖は薄らいでいるようだ。
「あいつを黙らせろよ。気が散って仕方ねぇ」
「この程度で集中できていないほうが悪いだろう。この世は弱肉強食らしいじゃないか」
「……それもそうだ」
強ければ生き、弱ければ死ぬ。魔界におけるルールの中でも何よりの鉄則で、ギルはそれを誰より痛感していた。だからこそ、この場で死ぬ可能性があるのは、自分以外だと認識していた。
「……見つけタ」