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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
3章 病院に潜む影
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5:名前Ⅹ

「リアちゃん、逃げよう!」

「……!?」


 戦場において、時には退くことも大切だ。今は生き残ればいい。それは間違いないのだが、リリアは紗希の提案に驚いた。紗希が機転を効かせたとか、そんなどうでもいいことではない。

 逃げようと紗希に思わせたことだ。リリアが第一に考えたのは、うまく逃げられるかどうかではなく、自分の不甲斐なさを呪っていた。

 私じゃ紗希を守れないのか。と。



「リアちゃん早く」


 紗希も、優子を肩に背負うとしていて、駆ける準備は出来ている。風爆にやられたあと、暴走していた看護師は何故か動きを止めている。今がチャンスだった。ただ、リリアが動こうとしない。


「動けないの!?」


 立ってはいるものの、それほど苦しいのかもしれない。けど、リリアは何も答えずに笑った。


「……え?」


 それは満面のそれとは程遠い。申し訳なさげを奥に隠した必死のものだ。

 何で? 何でそんな顔をするの?

 紗希には分からない。


「……私が稼ぐから……」

「……!?」


 リリアは向かった。紗希の元へではなく、敵へと向かったのだ。


「やだ! だめ! リアちゃん!」


 リリアには分かっていた。自分はもうほとんど動けない。一緒に逃げようものなら、逃げ切れることは不可能だ。それなら、紗希の逃げる時間を稼ぐほうが有効的であると。

 動きを止めていた彼女は、仕掛けるリリアを見て笑った。ようやくリリアも確認出来た。元々有する能力か、それともあの薬を打たれたせいかは分からないが、傷が多少癒えている。動かなかった理由がようやく分かる。 ますますリリアは、逃げることなど出来なかっただろうと、自分の選択が正解だと思えた。退くことなど出来ない。対する彼女もまた向かってきた。


「あははははぁあぁぁああ!?」

「紗希は、殺させないっ!」


 ありったけの風を込める。何よりも研ぎ澄ませ、何物も斬り捨てるよう。風の刃が洗練された。


「ダメえぇええぇえ!」


 紗希の声が木霊した。だが止まらない。両者は交え、ようやく決着の時は来た。


 妙に静かになって、どれくらいが経ったか。先に倒れたのはリリアだった。そして、続くように彼女も倒れた。


「……やだ、やだよ」


 立っている者は、呟くようにして前に倒れそうな紗希だけだ。優子を背負うことを忘れたように、リリアのもとに歩み寄った。


「……ぅ、うそでしょ、リアちゃん起きてよ……」


 膝を落として崩れる。いくら呼んでも返事は返って来ない。何でこんなことになったのか分からない。どうしたらいいのかも分からない。溢れる涙で視界が揺らぐ。ただただ泣くことしか出来ない。仰向けに倒れたリリアの手を握り締め、ただ呼び続けた。


「……うぅっ、っあぁ……ぅあ……リアちゃんっ……」

「……な、に……?」

「……ふぇ……?」


 それはどれだけ間抜けな反応に等しかったか。くしゃくしゃな顔で虚をつかれた紗希は、ひどい泣き顔であった。


「リア……ちゃんっ……?」


 うっすらと目を開けて見上げるリリアがそこにいて、紗希は嬉しいはずなのに次なる反応が出来ない。


「大丈夫……だからっ……ケガない?」

「あるわけっ……ない……」


 自分の方が危うかったというのに、リリアは紗希の心配をしていた。


「………っ………で」


 そしてようやく紗が震える声で振り絞った。


「もう……絶対に、こんなこと、……しないでっ……。私だけ、っ、助けるなんてっ……」

「……でもっ」

「しないでっ……!」

「……ごめ……んっ」


 リリアは自分の顔に滴る紗希の涙と、悲痛な訴えに、自分が悲しませてしまったのかと、深く感じていた。

 弱肉強食の世界で、紗希に助けられた命ならと思っていたのは正しくはなかったらしい。

 リリアは紗希が手厳しいと思ってしまう。たとえ相討ちになろうとも構わないのに、紗希はそれだと許してくれない。何が何でも生きて勝たなくちゃいけないみたいだ。殺されるくらいなら、敗走しろと言う。


「ぅぐっ……うぅ……」


 いつまでも泣き続ける紗希に、リリアは優しく声をかけた。


「大丈夫……大丈夫だよ」

「ぅんっ……ぅっ、うんっ」


 リリアの大丈夫はどういう意味か。殺される心配はなくなり、怪我についても命に別状はないということか。それとももう、このようなことはしないから大丈夫ということか。おそらく両方だろう。紗希はそれを読み取ったのか。とにかく必死に頷き続けた。


 もちろんまだ全てが終わった訳じゃない。肝心のエルゴールが残っている。けれどとても動ける状態じゃなかった。後を追ったギルとスカルヘッドに任せるしかないだろう。リリアのするべきことはとりあえず終わった。自身の損傷が酷いものの、見事に紗希を護り切った。


 ……そう、思った矢先だ。


「……っ!? ……紗希、逃げてっ……!」

「……えっ?」

「ハァ……ハァ……」


 紗希の背後に影が現れる。リリアは目を疑った。息を切らせ、右手で左腕を押さえている。ダメージは確かにある。だが傷が浅かったのか。看護師はまた、立ち上がった。なのに、リリアはもう、立ち上がることもできない。

 最悪だった。

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