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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
3章 病院に潜む影
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5:名前Ⅷ

 紗希は出来るだけ邪魔にならないように努める。目を覚まさない優子を庇うようにして、リリアの戦いを見守った。


「すぐに終わらせるから」


 リリアはそう言って攻め抜く。紗希では細かい動きは分からない。だけど分かるものもある。

 早く終わらせるのは、ただ怒りに任せただけじゃない。長引けばエルゴールを逃がす可能性もあるのは確かだ。さらには、紗希と優子を守ろうとしてくれているからだと紗希は理解していた。


 ここで看護師にさらなる異変が起こる。看護師の髪が異常な速度で伸び始めた。より長く、より鋭く、より網羅する看護士の髪は、部屋の中を暴れるように蠢いていた。リリアはそれを見事にかいくぐる。狙いを外した髪は部屋の壁を、床を削り取っていく。

 流れ弾のように勢いを衰えさせない髪の槍を、危険を察知したリリアが弾く。その様子に紗希は、そのせいで攻めきれていないのではないかと懸念した。


「やっぱり狭い」


 そう言って判断したリリアは、さらに風掌壁を撃って彼女を牽制する。それだけでは収まらない。エルゴールが逃げる際に開いた壁の穴をさらに破壊し、吹き飛ばした。


「ああぁああぁあ……!?」


 リリアは戦いやすいように外へと場所を移す。


「紗希はそこにいて」


 なら紗希は、この部屋の中から動かないほうがいい。わざわざ邪魔になりに行くようなことはしないべきだ。

 その時、ぎゅっと袖を掴まれたことに紗希は気付いた。優子だ。今まで安らかにさえ思えた優子の表情が、紗希には歪んで見えた。


「……違うよね」


 良くない夢を見ているのだろうか。優子の頭を撫でる。ふわりとショートの髪が揺れた。

 紗希は優子を壁にもたらせて立つ。そして外へ向かった。リアちゃんも、ギルも頑張ってる。スカルさんも、何か理由があって立ち去ったんじゃないかと紗希は思う。自分だけ何もせずに、ただ待つだけなんてことを紗希はしたくなかった。


 建物を繋ぐ地上の渡り廊下の近くで、リリアが戦っている。早く終わらせると言い切ったが、紗希にも悪戦苦闘しているのが分かる。

 多分狭いところで戦うのは苦手なんだろうと紗希は思った。目にも止まらないほど動き回るリリアには窮屈すぎた。だから外へと移動したんだと予想がつく。

 けれど有利にはならない。裂けた口をめいいっぱい開き、さらには髪を操る彼女もまた、広い場所に戦い慣れていたからだ。奇しくも、人間を襲った戦歴が、彼女の能力を底上げしていたのだ。

 多角的に襲う髪がリリアを次第に追い詰めていく。


「……っ」


 自分と似た間合いか、リリアはすぐにそう感じ取る。紗希が悲鳴をあげたのはそんな時だった。


「いやっ……! なに、これ!」


 それは黒い群れだった。小さな丸い物体が数を増殖させていた。

 魑魅魍魎である。

 一体にはたいした力はない。むしろ人間の方が強いくらいだ。だが、その数の多さに紗希はひとたまりもなく、埋もれていく。


「このっ……」


 特に危害を加えることはないものの、身動きは完全に封じられていく。そんな折、紗希だけじゃない。優子も魑魅魍魎の群の餌食となっていた。


「優子!?」


 部屋中は魑魅魍魎で溢れている。そんな中を、紗希は泳ぐようにして優子へと手を伸ばす。


「くっ……。優子」

「アバレルナ……アバレルナ……」

「ニガサナイ……ニガサナイ……」


 どういう原理か、集まった球体は収束し、巨大化していった。そしてぐぱぁっと、いくつもの黒い球体から口が一斉に開く。上と下を繋いでいたように、涎が溢れているのが見えた。小さい口、大きい口。ズラリと並ぶ鋭い牙。その無数の数で、今にも喰い殺されるイメージがよぎる。


「キャハハハハハ……」

「……ぅ……くぅ……」


 怖い。怖い。怖い。

 紗希は怯んでしまった。一度抱いたイメージは、そう簡単に頭から離れない。


「あぁぁあぁあぁあ!」

「なんでこう邪魔ばかり!」


 リリアは紗希のピンチに気付いても、助けに行くことが出来ない。

 背中を向けられない。いや、背中を見せられない。少なくとも本能に忠実となった今の彼女は、リリアにとって常に対峙しなければならない相手だった。



「紗希! そいつらに力はない。全部見せかけだから、紗希でも勝てる!」


 ならと、せめてものをアドバイスを、紗希に背を向けた形でも必死で伝える。


「……っ……」


 だが一度根付いた恐怖は簡単に拭えない。とても見せ掛けだけとは思えない。その間に魑魅魍魎たちは、数をどんどんと増やしていく。


 一方瞬時に後ろへと回り込む。リリアは背中を取ると同時に、紗希の状況を目にする。

 その刹那、リリアが取れる選択肢は二つだった。

 相手の背中を取った。魔界の住人ならば、すぐに息の根を止めるべきだ。……そう、教えられていた筈だ。

 だが、リリアの視界の中心は敵の急所などではなく、紗希のピンチだった。悩んだ。いや、悩むと言えるほど、時間は要していない。リリアは敵を無視して、紗希の元へと駆けた。


「……!?」


 それがいけなかった。

 その隙を逃すほど、今の彼女は甘くなく、容赦はない。伸ばした髪をリリアの足に巻き付け、一気に引き寄せた。



「ぅあぁ、ああぁぁぁあぁ!」


 リリアの声が響いた。紗希は反射的に視線を移す。


「……っ」


 紗希は目の前の光景を嘘だと信じたくなる。月光に照らされてようやく見えたものが、ホントは幻じゃないかと思いたいだろう。

 大きく開けた裂けた口が、リリアの肩を噛み砕いていた。勢いよく吹き出る赤い血。尋常じゃないその光景に目を背けたくなった。


「そん、そんな……。リアちゃんっ!?」


 本当に容赦がない。リリアは自力で何とか振り解くものの、髪による追撃が止むことはない。血をまき散らしながら、肩を押さえながらリリアは避ける。


 裂けた口による噛みついた傷は大きく肉を抉っていた。その酷い損傷は、戦況を分ける大きな要因となりえてしまう。

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