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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
3章 病院に潜む影
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5:名前Ⅴ

「な、何だ!」


 風が巻き起こる。その中心にいたのは、催眠で黙らせたリリアだ。薬をもらいにやってきた、看護士の後ろに付いて来た彼女だった。


「何でかあんまり覚えていない。何をしていたのかも分からない。けど、私に何かをした奴は覚えてる」


 リリアはそう言ってより激しく風を纏う。わざわざ言う必要もない。彼女は今、頭に来ている。怒りの矛先は当然ながら男に向いていた。


「さ、催眠が解けたのか。ぐっあっ……。何故だ。くそっ! 口裂け。こいつを黙らせろ!」


 この男がリリアを催眠に陥らせたのは、自身の力だけではない。リリアと比べても大差あるその力では、リリアを催眠で堕とすことなど不可能だ。

 つまり、力を開放している今のリリアを抑えることは男には出来ない。

 だがしかし、口裂けである彼女はただ笑った。また暴走するまいと神経を尖らせ、腰を落として壁によりかかるほど苦しみながらも、見せつけるかのように笑みを浮かべていた。

 背任に気付いているならわざわざ取り繕う必要もない。彼女自身が思っていた展開は裏切られたが悪くない。この男さえ滅ぼすことが出来れば満足なのだ。願ってもないと、好都合だと、そのふり絞った嘲笑いで全てを語った。




§




 ギルとスカルさんが睨み合い、いつ戦い出してもおかしくない状況で私はハラハラと緊張していた。


「何をした?」

「別に何も。ただ私は、黒猫さんの催眠を解いただけデスヨ」

「……そういうことか」


 たったそれだけで納得してしまったギルは、スカルさんと対面するのを止める。私だけがついていけていない。


「つまりは、こういうことデスヨ」


 走りながらなのにかなり余裕があるスカルさんは説明を始める。

 先ほどマスクをつけた例の看護士と戦ったときのことだ。

 その折、付き従っていたリアちゃんにかけられていた催眠を解く試みをしたらしい。すぐに解くことは出来なかったが、きっかけは与えた。いずれ自然に解けるはずだという。

 それさえ起これば、戦況は一気に有利になり、また去っていた看護士の場所を突き止めることができるだろうという考えだ。

 そうして、暴風が吹いているという妙な壁の前まで到達する。もしかしたらリアちゃんが中で暴れているのか、物が破壊される音もこの中からだった。


「ここか」

「まぁまさか、隠し部屋が分かるまでうまくいくとは思いませんでしたがネ」

「それも計算だったんじゃねぇのか?」

「いやまさか、いつ解けるか操作できるくらいじゃないと無理デスヨ」


 それに看護士さえまた捕まえれば、敵の位置など教えてもらえるだろうと、スカルさんは付け足した。


「どうだかな。行くぞ」

「わわっ」


 ギルに引っ張られて私も壁の中へと飛び込んだ。

何があるか分からず目を瞑ったが、すぐに部屋と繋がっていたようだ。一見少し大きな診察室と感じる程度だ。 特に妙な部屋じゃない。そこに、リアちゃんと例の看護士と、見たことない男が一人いた。


「リアちゃん?」


 催眠は解けたらしい。ならば正気に戻っているのだろうか。


「紗希」


 そう言ってリアちゃんは振り向いた。何でここに? とでも言いたげに驚いたような、それでいて安心したような表情だった。


「分かるの? 私が」

「あ、当たり前。分からないわけない」

「さっきは普通に襲ってきただろうが」


 と、ギルが訂正したのが気に入らないリアちゃんはギルに向かってカマイタチを撃った。それをギルは首を傾げるだけで避けてしまう。


「今頭に来てるから黙って」

「……どうやらまだ操られてるみたいだな。やっぱ殺しといたほうが良かったか?」

「ギルのバカ。今のはギルが悪い」


 せっかくリアちゃんが戻ってきたのに、相変わらず仲が悪い。もしかしたらより悪くなったかもしれない。

 私が注意したことで、何とか最悪な展開にはならなかったようだ。ギルはぶっきらぼうにはいはいと返事する。


「お、お前ら……」


 そうしているうちに、見たことなかった男が急に口を開く。


「此処を嗅ぎ付けやがったか」

「彼女のおかげですがネ」

「ぐぅっ……、この役立たずがぁ!」


 男は壁に寄りかかる看護士に向けて罵声を浴びせる。それで皆に比べれば鋭くない私でも、もしかしてと思う。


「スカルさん、もしかしてこの人が……あの娘を?」


 忘れはしなかった。出来るわけがない。正気を失ってでも、最後まで失くした脚を求めたあの娘を。


「そうみたいですネ。あの看護士を変えたのも、そして恐らくは、人間を一気に殺す策略を企てているのも、目の前の彼でしょう」

「この人が……」


 寄りかかる看護士を視界に留める。特徴的とも言えるマスクはなくなり、今は素顔を晒している。頬にまで到達している口で、彼女は呟いた。


「その……通り……です。この男を……殺して……」


 あの娘と一緒だ。この人も苦しんでいる。


「どうして……。どうしてこんな酷いことが出来るの!?」

「……は、ははっ。何故だと。決まっている。面白いからだ」

「なっ……」


 はっきりとしたとんでもない返答に私は気分が悪くなる。何を言われたのか。一瞬、耳を疑った。


「魔界の奴らもそうだが、特に人間は面白い。絶望によって崩される顔を見たことがあるか。お前みたいな人間の小娘には分からないだろう。だがじきに分かるときが来る。他人に屈辱を与えるときは何よりの快感だ。そこの口裂けが何よりのサンプルだった」

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