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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
3章 病院に潜む影
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5:名前Ⅳ

 明るくなると、彼女は再び模索を始める。とはいえ、本当は悩んでいた。少年を助けるためには誰か別の子を差し出さなくてはならない。

 だが、そんなことはもうしないはずだった。一度は決意したはずだ。また自分は犯してしまうのか。でもそうしなければ、少年は、あの子はきっと助からない。


 ふと、子供を見かける。答えも出ないままに彼女は動こうとする。が、それだけで少年の無垢な笑顔がちらついた。


「っ……」


 駄目だ。とても出来そうにない。だがやらなければあの子が危うい。彼女はどうすれば正しいのか、自分がやるべきことは何なのか。


 分からない。答えが出ない。

 結局、彼女はこの日も何も出来ないままに終わった。


 苦悩する日々が続くかに思われた。少年を盾にされてまだ五日となる前に、彼女は再び男の元へと訪れることにした。


「くくっ、何しに来たんだ?」


 男はさっそく問う。口角をつり上げるその表情から、分かり切っていることは明白だった。けれど彼女は律儀に答える。忠誠している表れを見せるために。


「私を……使って下さい」

「それは、どういう解釈をすればいいんだ?」

「そのままです。私が被験体になります」


 苦汁の決断だった。考える時間もたいしてないなか、余計な犠牲者を出さず、少年を助ける方法はこれしか見い出せなかった。


「……ああ。被験体か。そういえば忘れていたな」


 だがどうしたことか、男の発言は酷くいい加減なものだ。彼女が仕えてから今までになかっただけに、大きな疑問となる。


「お前に伝えるのを忘れていた。あれはもういい。もう済んだ」

「なら。あの子を早く解放……」


 以前は早く差し出せと迫ったというのに、急遽態度を翻す男にはやはり理解し難いところがある。だがもういいというならば、願ってもないことだ。

 しかし、そううまくはいかない。この男に狙いをつけられたときから分かっていたはずだった。この世界に、希望などありはしないと。


 ―そして彼女は疑った。

 少年の解放を急かす言葉を吐くのを止めるほどに。目を疑った。その目に映る光景を、現実を疑った。


 男は笑う。眼鏡を押し上げ、細いその眼光を覗かせ、より鋭くいやらしくつり上げた口を動かした。


「もう……終わったからな」

「……や、ああぁ、あぁあぁ、あぁあああぁぁあああぁぁあぁぁ!?」


 手術台の上に転がっているのは……。

 悲惨な姿へと変わり果てたのは……。




「綺麗な声は分かるから、多分綺麗なんだよ」




「あああぁあああぁぁあ!?」


 駆ける。約束したはずだ。手は出さないと。それを。それを……。こいつは……。


 かつて自分がこんな体になったのは、目の前の奴の仕業だと分かったあの頃のように、いやそれ以上に、彼女は殺意を露わにした。


「くはは」

 

 気付いたときには、彼女は血を吐いていた。男を殺すだけなら、彼女でも造作ない。だがいつの間に用意したのか知らないが、黒い影のような「こいつ」が邪魔をする。

 男には一太刀も、浴びせることすら出来なかった。


「よくやったカゲツ」

「もったいないお言葉」

「っ……ぐ……」

「さて、口裂け。危うく飼い犬に手を噛まれるとこだったがな。被験者が届くのが遅いのがいけないんだよ。目の前に良い素材があるから、我慢が出来なかったじゃないか」


 男は悠然と彼女に近付く。壁際で寄りかかる彼女をよく見ようと腰を落とした。


「だが考えてみれば、お前を留めておくのに何もガキ一人に拘る必要もない。そうだろう? より犠牲が増えるかもしれないんだからな」


 朦朧とする頭で、彼女は理解する。最初は薬を盾に、次に少年を、そして今は、男のもとを離れるというなら、少年のような被験者を限りなく使役するという脅迫。状況は変わった。仮に殺そうと躍起になったところで、守護すべき者が今はいる。


 逃げられない。


 彼女が辿り着いた答えはそんな陳腐なものだった。

ならば従う。いや、従うと見せかける。殺す隙が出来るまで。必ず機会があることを信じよう。


 選んだ道は何処までも荊の道だった。


 時に従い、犠牲を出さぬように計らい、殺す隙を窺った。


 そして今、やっと、最後になるかもしれない好機が訪れた。

 魔界中が恐れうるだろう処刑人が目を付けたのだ。いや正確には違う。殺すべき男自身が動いたのだ。最大の障害ともいえる処刑人を滅するために。彼女にとっての好機はそれから始まったと言えた。

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