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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
3章 病院に潜む影
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5:名前Ⅱ

 横たわる肉塊は運の悪い男だった。いや、女だったか。子供だったかもしれない。記憶はあやふやで、肉の塊はもう、何だったのか分からない。殺害の対象になったのは、一瞬目撃されたかどうか疑わしかった。

 ただ、それだけ。それだけで、男は念を入れて命じる。決して自分では火の粉を払わない。だからこそ、こんなことは至極当たり前で、だんだんと分からなくなってきていた。


「ほら。褒美だ」


 そう言って男は薬を差し出す。


「はい。ありがとうございます」


 彼女は無機質にそう言って受け取った。カプセル状の薬を、そのまま飲み込む。これは、自分が生きていく為だ。だから、仕方ないことだと自分に言い聞かせた。



「うわあぁあぁあ!? あぁああぁぁあ!?」

「あははは、あはははははははあははは!」


 真っ赤に染まる。肉を裂き、解体した。内蔵をえぐり出して潰した。鮮血の所業は増えるばかりだった。

 そんな繰り返しが続くと、突然男は言い出した。何の前触りもない思い付きだ。


「こういうのはどうだ? まずその口を隠し、普通の人間を装って近付く。綺麗かと問いながら隠し布を外すんだ。普通に殺すよりも、面白いだろ? より恐怖に歪んだ顔が見えるぞ!」


 彼女に対する皮肉以外の、何物でもなかった。けれど彼女はおとなしく従った。男にとって、何より面白いと感じるのは、恐怖に歪む表情よりも、自分の反応だろうから。逆らう気力など失われていた。ただ薬をもらい、生きる為ならどうでもよかった。


「私……キレイ?」

「ば、化け物ぉ!」

「あははははは!」


 どうでもいい……。どうでもいいことだ……。


「ひぃあぁぁ!」


 どうでも……いい……。


「きゃあああぁぁ!」


 どうでも……。


「私。キレイ?」

「は? まぁ、綺麗だと思いますけど」

「……これでも?」

「う、ぅわあぁあぁあ!?」


 何で、逃げるの。私だって、本当は……。本当は……同じ……。




「……子供、ですか」

「ああ。生きてても殺してもいいから連れて来い」


 男は基本的に、病院を根城にかまえる。必要な道具は楽に調達出来るからだ。今回も同じ。人間には気付かれない処置を施し、堂々と病院内を歩いていた。外観は医師そのもので、彼女も看護士に扮していた。

 特に子供という以外の条件を出さなかったのは、子供であればあとは誰でもいいということだ。

 皮肉なことに、彼女は長く付き従っていたことで、そういった細かいところは熟知出来ていた。了解したことを伝えると、彼女は男と別れて適当に散策する。


「あの子……」


 本当に適当だった。ただ最初に、何となく視界に入った。彼女は人のいる場所を避けようと子供の後を追い始めた。


「あ~、看護婦さん。受付は何処になるんだい?」


 邪魔が入る。横からおじいちゃんが道を尋ねてきた。子供のほうは病院から外に出ようとしていた。急がなくてはいけないが、おじいちゃんを無下に扱うことは出来ない。目立つ行為は、何よりも避けなければならない。 彼女は諦めて、優しい看護士を演じた。子供は誰でも良い。期限の指定もなかったのだから、焦る必要はなかった。

 とはいえ、病院に来ている子供は少ない。やっと見つけたかと思えば、当然といえば当然だが親が同伴している。結局滑降の狙いになったのは、最初に見逃した一人だけだった。



 それから数日が経つ。期限がないとはいえ、さすがにそろそろ見付けないと、男から何を言われるか分からない。


「……!」


 と、同伴者はいないと思われる子供を一人見付ける。実にゆっくりと前を歩いていてた。子供は少年だった。どうやら足が悪いのか、杖をついていた。


「ねぇ……」

「え?」


 彼女は声をかけた。出来るだけ警戒されることのないように、優しい声を取り繕った。少年はゆっくりと振り向く。


「私、キレイ?」

「え?」


 彼女はすぐに尋ねた。恒例の質問を。周りには人の気配がある。此処で襲うつもりはない。ただ話をするための契機に過ぎない。子供相手なら、言葉巧みにすぐに連れていけると考えた。


「え……と、多分、綺麗だと思うよ」


 急に脈絡もない質問だったからか、少し戸惑っているのが分かる。さてどうやって連れだそうかと、彼女は次の言葉を開こうとした。その時、予想だにしない言葉を聞いたのだ。


「僕は目が見えないけど、綺麗な声は分かるから、多分綺麗なんだよ」



 彼女は耳を疑った。

 あまりにそれは予想しえない言葉で、信じられないものだった。

 そしてようやく気付く。




―少年は、盲目だった。




 だからだろう。少年の言葉は、少年の正直な気持ちを表していて、酷く眩しいくらいに純粋だった。そしてそこには、少年の優しく微笑む表情があった。


 彼女は噛みしめる。


 そんな風に言ってもらえたのは初めてで。


 ずっと待ち焦がれたものに、ようやく出逢えたようだった。


 それまで引っ掛かっていたものが、ようやく流れていってくれたように。


 彼女の頬にも、一筋の雫が流れていった。


「……ぅあ、あぁあ……」


 ゆっくりと崩れていく。

 彼女は少年をしっかりと抱き締めた。


「え? 何?」


 視覚以外で感じとる少年には、どうして抱きすくめられたのか分からない。少し驚いたけれど、振り解くようなことはしなかった。


「ぁ、ああぁあ……」


 少年は、泣き続ける彼女が落ち着くまで、ゆっくりと待つことにした。

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