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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
3章 病院に潜む影
142/271

5:名前

「ハァ、ハァ……」


 時間は少し遡る。スカルヘッドと別れたあと、マスクの看護士は走っていた。時間がなかった。一刻も早く薬をもらわないといけない。


「……ここ」


 通路の行き止まり。看護士は何もない壁の前に立つ。そして手を前に出しながらさらに進む。テケテケが壁に潜ったように、看護士も壁の奥へと姿を消した。正確にはテケテケと同じ能力があるわけじゃない。本来ここには部屋がある。それを誰も関知出来ないように施してあるだけだ。看護士が壁の奥に消えたのも、そう見えるだけで実は普通に通っただけに過ぎない。そのあとを、当然のようにリリアが辿る。


「ん?」


 部屋に慌てて入ると、回転椅子をきぃっと動かして男が目を凝らす。


「ハァ……発作が……来たみたいで……薬を……」


 息も途切れ途切れになりながら必死に訴える。


「ああ。薬か。あれはもうない」

「……え!?」


 この男から薬を摂取していたのは、これまでいつもの通りだ。当然もらえるものと思っていた看護士には酷く信じられない言葉だった。


「……ど、どうしてですか?」

「必要なくなったからだよ」


 男は椅子から重い腰を上げる。理解出来ていない看護士を、男はわざわざ説明するのが面倒だと言いたげに溜め息をつく。


「この俺が、お前の背任に気付いていないとでも?」


 看護士は顔を強張らせ、あまりに甘く考えていたらしいことに後悔する。男はその様子には気付いているのかいないのか。だがともかく続けた。


「まあいいんだよ。そんなことは。いずれお前がそういうことをしでかすとは思っていたからな」


 お咎めがないという事実に、看護士はまたも驚かされる。男は気分が高揚しているのか、看護士が何かを言う前に喋り続けた。


「だから俺は何も怒っていない。むしろお前の浅はかさに笑えてしまうほどだよ」

「な、なら何故薬を……」


 中傷されようが看護士にとって、今はどうどもいい。ただ薬を求めた。


「だから言ったじゃあないか。必要なくなったって。お前にも理性をなくして今だに蔓延る奴らを殺してもらうんだよ」

「……!?」

「何を驚くことがある。これまでと何も変わらないだろう? 殺してくればいいだけだ」


 簡単に言いのける。誰かを殺すことに、この男は躊躇がない。これまでと同じ。看護士は自分の過去の所業を思い出し、自分を呪った。


「私は……」

「無理……か? 今更殺すのは良くないと、人間のように振る舞うつもりか? お前が今まで何をしたか、忘れたわけじゃないだろう? 口裂け」

「……」


 答えない。答えることが出来るわけがない。自分がしたことが、到底赦されるわけがなかった。男にマスクを外され、その内が晒される。頬にまで到達する口。彼女もまた、目の前の男に改造された、元人間だった。





 この街に来る前、看護士は主の男に付き従っていた。今とは違う。背任することなど考えなかったし、自分の行為に何の後悔もなかった。


「……やめて、やめてやめてぇぇ!」

「……あははははは、はははあはははは」


 何故私だけがこんな風になっているのか。何故私だけがこんな目に遭ったのか。二度と戻らない、裂けた口。人並み外れた身体能力。理性を失うほどの暴走。彼女はその鬱憤をぶつけるように、力を開放していた。元は同じだった人間だが、今は違う。同じではなくなってしまった。以前だったならこんなことはしなかったはずだが、頭の何処かが麻痺してしまったようだ。


「あはは……は」


 さっきまで泣き叫んでいたモノが動かなくなると、不思議と冷静になれた。虚しい。心がぽっかりと空いてしまったように感じる。後悔があるわけじゃなかった。ただ、人間がこんなにも脆いものだったんだと達観出来た。


「……くくっ、よくやったよ」


 本来憎悪の対象である男が姿を見せた。誉められているのは分かるがどうでもいい。ただ、報酬がもらえれば良かった。昔は殺意を抱き、本気で、さし違えようともこの男を殺してやると思っていた時期もあった。


「……ぐ……ぅ……。……は、はは、これが何か分かるか? 大事な薬だ。俺にとってじゃない。お前にとってだ。不完全なお前は徐徐に壊れていくぞ。それを止めるには、これを摂取し続けることだ。当然精製は俺にしかできない」


 あと少しで殺せただろう。その寸前で、男が切り札を見せた。最初はハッタリかと思ったそれは、疑いのない事実で、息の根を止める最後の一手が止まってしまった。男を殺すことなど出来なくなったのだ。

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