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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
3章 病院に潜む影
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4:脚Ⅸ

「キキ……」


 テケテケにも焦りが生じてきた。二度と捕まる醜態がないように、素早く動き回る。なのに、ギルはその不規則な動きに対応し、さらには追尾してしまう。攻め入る者と、攻め入られる者の立場が逆転していた。

 床から飛び出たテケテケはギルの足を狙った。もはやテケテケの動きに慣れたギルは、特に慌てることもなく、裕に避ける。

 テケテケは捕まるまいとそのまま天井に潜るために向かった。ギルがそれを追う。互いにもう何回も繰り返した動きだった。


 今更ながらテケテケには脚がなく、仮に脚があれば既にギルに捉えられていたはずだ。脚がなく捕まる箇所がないのは、幸か不幸か。


 だがそれも今までの話で、既に勝手は違っていた。


「キャキャキャ」

「……!?」


 いつもならそのまま天井から消え失せたはずだ。しかし、テケテケは最後に機転を効かせ、天井に手をついて力を入れる。

 その反動でギルと向かい合った。ギルにしてみれば、さすがに予測の範疇からは抜き出ていて、まさか対面するとは思わなかった。が、それで戸惑うほど処刑人の名は飾りではない。


「上等」


 交差する二人の影。ドシャと崩れ落ちたのはテケテケの方だ。着地もままならない。


「……シ……」


 何かを呟く。テケテケはずるずると這った。とても、一瞬で迫ったほどの驚異さは微塵もない。ガクガクと腕を震わせ、動き回っていた力強さは喪失していた。


「……シノ…」


 ギルから離れていく。距離はまだ変わらないものの、まるで逃げているようにも映る。その様子を、衰弱しきったテケテケの様子を、ギルはただ眺めていた。


「ゥ……ァ…」


 そして、じきに這うことも止めた。いや、出来なくなった。支える腕の力は抜け、ただその場に留まる。それでも前に行こうと顔を上げ、手を出来るだけ前に伸ばした。その先には、へたりこむ紗希がいた。ゆっくり、ゆっくりと、紗希のそばまで這って進んだ。


「……」


 それでも、ギルもスカルヘッドも動こうとしない。口も開かない。テケテケに、もう何も出来ないことは分かっていた。紗希も、すぐそこにテケテケがいるのに逃げようとしない。不思議ともう、恐れもなかった。


「……ワタシノ……」


 何故なら、さっきまでの理性のないテケテケではなかった。


「……アシ……ワタシノアシ、カエシテッ……」


 それが、テケテケの本音だった。人間であったはずの彼女は、脚をなくし、理性をなくした。最後の瞬間に、彼女は自分を取り戻したのである。

 それでも、悲痛の叫びは変わらない。理性をなくしても、自分の脚をずっと探していたのだ。それが、それだけが彼女の望んだものだった。


「最後の最後で、正気を取り戻しました。けれど、彼女の願いは叶えてあげられませんでした。残念デス」

「……っ」


 動かなくなったテケテケは、右手を真っ直ぐ前に向け、顔を上げていた。その頬には確かに涙が流れていた。紗希はしっかりテケテケの手を握った。本来当たり前だった脚を返してと叫び、涙を流した。紗希はそれを、自分と同じ人間に見えたのだ。


「どうして……」


 ポタッポタッと握っている両の手に涙が滴る。紗希は絞り出すような声で口にした。


「どうして、こんな……」


 紗希は問う。何故作り変えるなんてことが出来るのか。もう二度と元に戻せないというのにどうしてなのか。答えの返って来ない訴えである。


「来世に期待しましょう」


 スカルヘッドは腰を落としてテケテケに近付く。もう出ることのない、涙が溢れた瞳をゆっくりと閉じさせた。

 その瞬間、人間でない彼女の身体はゆっくりと朽ちてゆく。原型を失い、砂粒と化した彼女は、確かに人間でなくなったという表れだった。

 


「行くぞ」

「ギル……?」


 それまでギルは何も言わなかった。まだ残る敵を討つことに逸ることはなく、ただこの一連を待っていた。

 そうして、やっと紗希が立ち上がる頃に始めて催促した。颯爽と優子を抱え、さらに促すように歩を進める。それはもしかしたら、表に出さないだけでギルもまた……。



「……!?」

「ど、どうしたの?」


 歩むギルから離れないよう、紗希が駆けた。ギルは何かを感じ取ったようで反応する。


「こいつは……」

「やっと、来てくれましたカ」


 スカルヘッドが口を開く。待ってましたと。何よりも待ち望んだ結果が到来したと、髑髏の仮面の裏で笑みを浮かべているのが容易に理解できる。


「お前」


 ギルとスカルヘッドが対面する。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 ギルが何を感じ取ったのか。スカルヘッドが何を待っていたというのか。一人訳の分からない紗希は困惑するだけだ。とりあえず止めようと少し前に出る。が、意味は為さない。ギルと、スカルヘッドにとっては何の意味もない。もはや紗希の言葉はもう、両者の耳には届いていなかった。

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