4:脚Ⅷ
「このとおり復活。だけど血が足りナイ」
シャキンとポーズをとるスカルヘッドだが、すぐにへなへなと脱力していく。彼の緊張感のない態度にギルはもう慣れていて、特に気に止めることはない。けど紗希は違う。
「本当に、繋がってる」
まじまじと見てみるが、全く異常なところは見られない。スカルヘッドは得意気にぐるぐると腕を回してみせるほどだ。
「血で汚れてしまいましたネ。コレを」
「あ、ありがとうございます」
スカルヘッドが取り出したのは白い布。血で染まる紗希を気遣った。
「ま、問題はこいつか」
紗希がスカルヘッドの無事を確認してる頃には、ギルは、這いつくばるテケテケの手首を掴みあげ持ち上げていた。
「何であいつらを狙った? 俺が先だろうが」
「キャキャ……」
ギルは敵意を剥き出しにして訴える。その迫力だけで相手の戦う意思をくじくこともあるが、テケテケには意味がなかったらしい。
一笑い溢すと、持ち上げられているにもかかわらず、憶すことなく瞬時にもう片方の左手でギルの首を狙う。が、それはより早いギル自身の右手が遮る。持ち上げている片方同様に手首を掴む。そして壁に叩きつけた。
「理性をなくしてるようだが、そこまで求めるほど堕ちたか?」
「キキ……」
よほどに力が込められていたのだろう。テケテケもやっと、苦虫を噛みつぶしたように顔を歪める。
「……ち」
振りほどけないと見るや、そのままテケテケは壁の向こうへと姿を消す。ギルが掴んでいた腕も吸い込まれていくようで、ギルの手だけは弾かれてしまい追随は不可能だった。
「壁でもいけるのかよ。スカルヘッド。来るぞ。気を付けろ」
「私も同じ手口には引っ掛かりませんヨ。それに、女性守るときは強いデスカラ」
「ふぇ」
紗希が少し驚いたように顔を赤くさせる。まともに女性扱いをされたことがないからだ。言われて素敵なシチュエーションではないが、初めてだとどことなく照れてしまうのだろう。しかし今はそんな場合ではない。またいつ、何処から飛び出して来るか分からない。
「……」
今度は少し間がある。床からではなく、壁からも消えたということは、不意をついて壁から出現するかもしれない。そのことはギルは当然、スカルヘッドも気付いている。
「後ろだ」
忍ぶように潜んでいたテケテケの腕が、紗希の背後から見え隠れしていた。少し離れているギルがいち早く気付いたのは、やはり相当なものだ。ギルの視野はかなり広い。見える角度になっていたのは、紗希のほうにも注意を元々向けていたのだろうと思われる。
「ム……」
「え! ちょっ」
それに反応してスカルヘッドがメスの刃を向ける。紗希にはもちろん当たらないように、だがその反応はやはり素早い。向かう二本のメスは避ける暇を与えない。スカルヘッドが動いたことで、紗希は一瞬自分への攻撃かと危惧する。
見え隠れするテケテケの手は刃を掴みとる。片方の手だけのはずだが、血を一滴も流すことなく流暢に受け止めた。そしてまたもや消える。
「……またデスカ」
向けた刃はその目標を失う。スカルヘッドは踏み込む足を止めて、手に持つメスを引いた。
「キャキャキャキャキャキャ!」
「……!?」
テケテケの声が聞こえるが何処にも見当たらない。
「何処だ?」
「ギル! 上!」
紗希が気付いた。言われてギルが見上げてみれば、天井に張り付いていた。まるで床にはいつくばるように、テケテケは天井から見下ろす。
「まるでクモだな」
バッと重力に従い、ギルの元に落ちる。天井差はなく、すぐにたどり着く。が、その短い距離の中でもギルにとって避けることは容易い。そのままテケテケは床に着地すると、そのまま、また消えた。いや沈んだという表現が正しい。
「あれじゃどうしようも……」
見ていた紗希がそんな弱音を吐く。
「心配ないデスヨ。彼にとってはたいした問題ジャナイ」
「え……」
「顔を見れば分かりマス。ギルさんは全く気にしていない。ま、見ていれば分かりますヨ」
スカルヘッドは酷く楽観的だった。少なくとも、紗希の目からはそう映った。だがスカルヘッドも根拠がないわけじゃない。処刑人として、今まで君臨しているギルの実力をよく知っているからだ。その恐ろしさも。その理由も。
「……と」
潜ったテケテケはギルに狙いを集中させる。理性を失ったテケテケも本能で悟るものがある。長引くのはまずい。一瞬で決めるのが有効であると。潜っては飛び出る。出てきてはまた消える繰り返しだ。息をもつかぬ連続の攻撃が続く。
「……ち」
舌を打つのはギル。攻めきれないことだけじゃなく、もう少しで触れることが出来たからだった。ギルが魔界から恐れられるのは、その異常な戦闘力だ。その中でも厄介なのは、黒炎だけでなく、特異な能力を持つ魔界の住人に瞬時に対応して来ることかもしれない。ギルに言わせれば、「慣れる」ということだった。