4:脚Ⅵ
「それより、そろそろ此処の上司に逢いたいですネ」
「だからこうして探してんだろうが」
時間をかけてる暇はないけど苦肉の策しかない。もう出来ることは、順番に捜索するしかなかった。
「向こうから来てくれたら早いんだがな」
「まぁそうでしょうケド。そんな都合よく来るわけが……」
「伏せろ!」
背中からの衝撃を覚えて前に倒れる。突然のことで受け身もろくに取れなかった。強制的なヘッドスライディングだ。
「ケキ……」
顔を上げて見れば、もう何度会ったか。脚のないやつだ。腕の力だけで支えているらしく、こちらを見ている。それは長い前髪にもよるが、獲物を見付けて笑っているのか、仕留められなくて睨んでいるのか分からない。ただどちらにせよ、顔を向けられただけで、私の動きを鈍らせるには十分だった。
「へっ、都合よく来てくれたな。ま、こいつを狙ってきたんだろうが」
ギルは優子を指していた。私はすぐに立ち上がり、優子の安否を確認した。
「優子は?」
「ちゃんと避わしてるから問題ない」
ギルの言う通り、優子はギルの背中に乗って、すやすやと寝息を立てている。こんな危険な状況だというのに。呑気だと思えてしまうほどに。だけど、それでいい。
「紗希。ちょっと預かってろ」
そう言ってギルが優子をゆっくり下ろす。その間、相手が飛びかかってくる不安もあったが、スカルさんが前に出てくれていた。けど、相手は全く襲ってくる気配はない。
「さっきとはえらい違いますネ」
「来ないならこっちから行くだけだ」
「……あ………よ…」
と、今まで奇妙な声しか上げなかった相手が、何か言葉を発した。
だが、うまく聞き取れない。
「何て言いましタ?」
スカルさんが聞き返したあと、再び何かを呟く。
「あ……し……こせ……。あ……し、よ……こせ……」
「脚……よこせ?」
ようやく聞こえたのは私が繰り返した言葉だ。脚のない妖怪を聞いたことがある。「テケテケ」という名前で、人間の脚を狙って現れるという。この子はまさに「テケテケ」と同じだった。
私が呟いたあと、テケテケは急にこれまで以上の奇声をあげる。
「キャキャキャキャキャキャ!?」
そして動いた。腕の力だけで床を這う。なのに、一瞬で距離を詰めてきた。
「力はあるようだが、脚がないんじゃどうしようもねぇだろ」
「ケキャキャキャアアァァ……! シィィアアァア……!」
「下がれ紗希!」
当然に私は下がっていた。敵からの攻撃が届かないように。けれど、まだそれでも足りないと、ギルの声のおかげでやっと気付く。脚がない状態だというのに、テケテケは飛び上がり私の目の前にまで接近した。
「あわてんなよ。まず俺からだ」
下から伸びるテケテケの右腕を、ギルがガシッと掴み取っていた。それがなければ、私の首を掴まれていたかもしれない。当然のように、後から分かったことだった。
「キ……イィィ!」
「……!?」
テケテケが腕を振る。動作は本当に軽いものだ。だというのに、腕を掴んでいたギルの方が浮き上がり、壁に叩きつけられた。
「こいつ」
さほどダメージはないようだけど、ギルの表情には驚きと、にやける口元が存在していた。喜びとは違う。むしろ頭に来たために笑っている。
「スカルヘッド。手出すなよ。俺だけで殺る」
「いやそれはもう、願ったり叶ったりで」
スカルさんはいつの間にか、私と同じように後ろに回っていた。
「さっきも手酷くやられましたからネ」
手酷くと言っても、今は傷も自分で癒している。
衣服だげがそのやられ具合を物語っていた。
「脚が欲しいんだろ? 俺を殺れたらくれてやる」
「ちょ、ギル……!」
ギルの言葉に反応して私は叫ぶ。何でわざわざそんな、挑発するようなことを言うのか。私には分からない。
「……キ、ケ……」
それまで優子を狙っていたテケテケは、ゆっくりとギルのほうを向いた。
「来いよ」
そして、テケテケは改めてギルを認識する。いや、始めて認識したのかもしれない。ギルを標的の対象として認めたんだ。