4:脚Ⅴ
その暴走ぶりは正常な意識を失っていた。獣じみた叫び声をあげて攻撃の手は休めない。不思議なことに、リリアは直立不動で動く気配はなかった。看護士が完全に暴君と化しているせいなのかは分からないが、スカルヘッドからすれば、不幸中の幸いである。
「仕方ナイ……」
スカルヘッドは隙をついて看護士を振り切る。そのまま駆けてリリアのもとへ向かった。そしてリリアの目の前で手をかざした。
おそらくは催眠による洗脳だ。ならその洗脳は同じく催眠で解くことが可能のはずだと考える。リリアが復活すれば、この危機も脱しやすい。
「かなり強い催眠のようデスネ」
「あぁああぁぁぁ!」
振り切っただけでは看護士の攻めは終わらない。すぐに背後から襲いにかかる。この状況下ではリリアの洗脳を解く余裕はない。バッと転がり看護士の踵落としを避ける。
「おやおや、これはまた」
見れば、放った踵落としは床を大層破壊する。先程までの蹴りとはかなり威力が上がっているようだ。魔界の住人の中でも、非力に分類されるであろうスカルヘッドには、とても受け止めることは出来そうにない。
「あぁあ!」
「ぐっ……!」
決して休まない。またスカルヘッドを確認すると、一直線に走る。間合いに入られた距離だが、易々と殺られるわけにはいかない。スカルヘッドも、指の間に挟み込むようにメスを四本持って対抗した。
「……!?」
その攻防で、看護士は急に後退した。突然の連続でスカルヘッドは警戒する。すると、看護士はマスクの上から口元を両手で抑えていた。理性は取り戻したようだが、身体を震わせ、青い顔をしているのが見えた。
「い、や……! ぁあぁあぁあ!?」
看護士はきびすを返して一目散に去っていく。そのあとをリリアが追った。正常に戻れたのは偶然か、何かしらのきっかけか。何故走り去ったのか。分からないことだらけだが、ヒントはある。スカルヘッドはすぐに後を追った。
だが見渡しが悪かったらしい。スカルヘッドは看護士の姿を見失ってしまう。何とか上に行ったのは見えたので階段を登りはしたが、そのあとが分からない。
とりあえず歩き回るしかないのだが、そこに床下から不気味な奇声とともに敵の姿が現れた。
「ケキャキャキャキャ……」
「戦闘は苦手なんデスけど」
よくもまぁここまで色んな敵に遭遇するもんだとスカルヘッドは感心さえする。おそらくは自分にさえも監視がついているのだろうとは思うが、そこまで気を回す余裕はない。
「……」
改めて目の前の敵に集中する。スカルヘッドはその敵の姿に言葉を失う。
脚がないのだ。
人間と同じ構造、姿だが、床に這いつくばっている。いや、這いつくばるしか出来なかった。脚を失って立つことが出来ないのだ。
そんな彼女は女の子だった。黒い髪は顔を隠すまでに長く、背中以上にまで到達している。目を光らせボロボロの薄汚れた服と重なり、一見恐ろしい姿である。ケキャッと漏れる声は、とても人間のものとは思えない。
だがスカルヘッドは見抜く。彼女は、元人間だと。もう、元に戻してあげることは出来ないだろうと。
「治療させてもらいますヨ。せめて、心だけでも」
彼女にはもう何も通じない。問答無用で腕の力だけで移動し、飛び上がり、スカルヘッドの肉体を裂こうと吠えた。
§
そこまで話してもらうと、今と繋がった。そのあと私とギルが来て、脚のない彼女は逃げてしまった。
「その女の子も元人間……」
「……私も信じがたいくらいに、変えられていましタ。おまけに強さまで魔界の住人として申し分なかっタ。さらには、急がなければ街中にウイルスがばらまかれる。骨が折れますネ」
「ならお前は看護士をどうにかしろ。俺がその脚なしを殺る」
そう口を挟むのはギルだ。
「出来ればそうしたいですが、この娘をほっとくわけにいかないでしょうネ」
スカルさんはそう言って、ベッドにいる優子を一瞥する。
「どうすれば……」
そう私が迷っているうちに、ギルは意外なことを口走った。
「それも問題ねぇよ。俺が運ぶ」
「え?」
「脚のない奴は、そいつを狙ってんだ。向こうから勝手にやって来るだろうよ」
「そうですネ。私も一緒に行きますから問題はないでしょう」
「うん。それじゃお願い」
私も承諾して寝ている優子をギルが背負いやすいように手伝う。
「んしょ。変なとこ触っちゃ駄目だからね」
「触るか」
半分怒ったような感じでギルが反発する。万が一のこともあるし、優子に被害がないよう私が見張らなくてはならないと思ったが大丈夫かな。
私達は部屋を出て再び廊下を歩き始める。
「ところで、何で急に明るくなったんだ?」
「あ、ちょうど私も聞こうと思ってたのですが、どうやらギルさんじゃないんですネ」
「知らねぇな。ただの人間がつけたとは考えにくいがな」
ただの人間というのは、病院にいる人たちのことだと思う。無理矢理眠らされている患者さんが、そんなことは出来ないだろうという推測だった。