4:脚Ⅳ
「ギル待ってよ。とりあえず話を最後まで聞こう? スカルヘッドさんも真面目に話してください」
ギルは舌打ちして何も言わないまま元の立ち位置に戻った。ギルも潤滑に事を進めたいからだろう。と、スカルヘッドさんは何故か感涙していた。
「紗希さんが……、ついに私を名前で呼んでくれましタ!」
えぇ!?
いや確かに初めてかもしれないけど。感動するほどなのか分からないし、今の状況を考えると全く関係がない。
「いやいや、さん付けなんて他人行儀ですネ。スカルくんとでも呼んでくだサイ」
「え……とじゃあ、スカルさん……で」
「まぁ出会って間もないデスし、今はそれで。もっと友好的に呼んでもらっていいですヨ」
「……は、はぁ」
「お前ちょっと来い」
「………あ」
スカルさんの背後から、ギルがガシッと力強く、肩を掴んでいた。有無を言わさずギルが強制的にスカルさんを連れて部屋を出て行ってしまう。
「……とまぁそこまではいのですがネ」
「………」
帰ってきたスカルさんは随分痛めつけられたようで、見ただけで分かる。そのかいあってか、戻ってきたと同時に本題に戻ってくれた。スカルさんがそんな意味深な言葉で、ひと呼吸おいた。
「いまだ詳しい情報が分かっていませんでしたから、彼女から訊き出すつもりでしたヨ」
「それで?」
と、ギルが一番肝心な、そのあとについてを促した。
「……彼女が豹変しましタ」
§
手短く説明すると看護士は言った。今までなかった機会だ。その分、無駄にしたくない。もう次にはないだろうという焦りが、その言い様に含まれていた。
見張りはいなくなった。
だが、それは本当に?
魑魅魍魎にもランクが存在する。より狡猾に。より濃い闇に紛れる鬼がいたことに気付かなかったのは、看護士にとって最大の誤算だった。
「やはりか。まぁ予測の範囲内だ」
その光景は、敵の黒幕に筒抜けだった。鬼はすぐに
戻って事実を伝える。
「情報が敵に知られますが?」
心配事を口にしたのは鬼とは別物の存在だった。魑魅魍魎は所詮、ランクが高いといっても擬態能力が強いくらいである。だが、「こいつ」はそれとは別種である。
「構わないんじゃないか。こっちも最終段階だ。時間稼ぎとしては、あの女も役に立ったと言えるだろう。もう用済みだし、そろそろ楽にさせてやろうかと思うぞ。慈悲深いと思わないか?」
「では自分が……」
「いやその必要はない。……そろそろ時間だ」
そばを離れない黒い物体は、てっきり自分が始末をつけろとの意味だと解釈した。だがその必要もないと告げられる。
「ウイルス……デスか!?」
「そうです。魔界の住人でさえも蝕むほどのウイルスです。あいつはそれを作って街に放つつもりです。魔界の住人でも死滅する威力だと言ってましたから、人間なんてあっという間です」
敵からの支配を逃れたと考えている看護士とスカルヘッドは話を進めていた。やっと敵の策略を知り得たスカルヘッドは、あまりの大胆な企みに口が開かない。
「あれが完成したら誰も止められません。それよりも早く叩かないといけない」
「デスネ。そんな殺人ウイルス。迷惑なことこの上ない。どうしてこう邪魔が入るのカ」
「え……?」
「いや……何でもありませんヨ」
スカルヘッドは意味深な言葉を口にするが、看護士にしては何のことやら分からない。分かりようもなかった。
「なら行動は早いほうがいいデス。アナタの上司のところに……」
「……ぁ……っ……」
突然、看護士の様子がおかしくなる。胸を抑え、前に倒れかけてとっさに足を出す。さらには、口から嘔吐があるようにマスクの上から口を手で覆った。呼吸も乱れ、急変した異常な状態に、スカルヘッドも髑髏面の奥から目を見開いた。
「……これは」
「……はぁ……ぐぅ、うあぁ……」
看護士の腕が振られる。危うくスカルヘッドは裂かれるところだった。その腕の振りで、壁に痕跡が生じる。多少距離が空いていたはずだというのに。
「ぅああ、あああ……!」
「……!?」
吠えるように叫ぶ看護士は、先程までの冷静さとは正反対だ。酷い興奮状態で、何かが起こったことが簡単に推測できる。
だが当面対処のしようがない。もともとイカレた魔界の住人じゃないのだから、殺すわけにもいかない。
ましてや、肝心の叩くべき敵の居所をまだ聞けていない。こちらから危害を加えるわけにもいかず、スカルヘッドは暴れる彼女の攻撃を避けることにまずは専念した。