4:脚Ⅲ
驚くべきは、「そいつ」は人体と同じ構造だけど脚がなかった。這いつくばっていたのではなく、立てなかったんだと始めて分かる。
「……あ……ああぁあぁぁ……へ、部屋にいたやつ……」
優子が腰を落として頭を抱え込む。ガチガチと口を震わせていた。
「優子、優子! 落ち着いて!」
いきなり襲われて無理もないが、今はそうも言ってられない。
「ケキャキャ……」
私達が駆け付けたからか、挟み撃ちに位置するソレは、そんな奇声じみた笑いを残して、優子を襲った奴はまたもや消える。床に吸い込まれるように消えたのが確認できた。
それでも優子は脅えたままで正常な状態ではない。何とか落ち着かせようと呼び掛けた。
「何だあいつは。おいスカルヘッド。マスクの女はどうした」
「実はデスね……」
「こ……今度は何? 骸骨……?」
スカルヘッドさんを確認した優子は、さらに錯乱し始めた。
「ええと、その娘ハ?」
「……私の友達です」
「そうですカ。確かに今は私たちといるのが一番安全。だが、少し騒ぎすぎデスね」
「嫌!? 来ないで」
そう言って近付いてくるスカルヘッドさんを優子は恐怖して拒絶した。無意識なのか、私の腕を掴む手に力が一層強まる。とはいえ、私もスカルヘッドさんはまだ慣れていない。明るいとはいえ、骸骨が接近してくるとどうしても身構えてしまう。
「少し眠ってくだサイ」
「……あ」
優子の目の前に手をかざし、ふっと横に移動させる。それだけで優子はかくんと意識を失う。
「優子?……優子!」
「安心してくだサイ。今のは催眠療法の一種。たんに眠らせただけデス。それより……」
言われてよく見てみれば、確かに優子は眠っているだけだった。
「……何だよ」
スカルヘッドさんは、今度は振り返ってギルを視界に留める。壁に寄りかかり腕を組んでいるギルは、何が起こっているのか分からないのが気に食わないらしく、少し敵意を向けるように問う。
「まさかギルさんがここまでやられるとは……」
「ただの返り血だこれは。医者のくせに間違えんな」
「あ、ホントだ。でも、ギルさんには負傷してもらわないとワタシが困るんでネ」
「……てめぇ、まだ俺を殺す気か」
「借りはちゃんと返すのがワタシのポリシーなんですヨ」
「………」
今の会話に私は何も言えなくなる。
どういうこと?
スカルヘッドさんはギルを狙ってるの?
結局、スカルヘッドさんは敵なんだろうか。それとも、味方なんだろうか。それが、私にはいまだに掴めない。
「とりあえず、何処か部屋を借りませんカ。そこで話しましょウ」
私達は一旦近くの適当な部屋を探した。入院患者用の病室で、たまたま誰もいないようだった。いや、もしかしたらスカルヘッドさんが誰もいないことを知っていたのかもしれない。
意識を失った優子も私が運んでベッドに寝かせた。背中に背負ったわけだけど、相変わらず軽かった。寝かせた優子はさっきまでの錯乱が嘘のように落ち着いた表情で眠っていた。
私だけでいい。こんな怖いことに、優子は巻き込みたくないと思った。
その間、ギルは血だらけの服を脱ぎ捨て、ちょうど隣のリンネ室から余っている患者用の服を拝借して着ていた。そうして一段落したのを見計らって、スカルヘッドさんは空いているベッドに腰かけてから話を始めた。
「私が強制的に足止めをさせられたあと……コホン……私達が別れたあとデスネ」
ギルが睨んでいるのを察したのか、言い直していた。その無言のプレッシャーが中々怖いのが分かる。
そんなやりとりが少しあって私は少々苦笑いするのだが、この場の雰囲気を和ますには及ばず、否和んでいられるはずがない。
話の最初を簡略化すると、マスクの看護師はやはり本心で人間を殺す気はなかったらしく、魑魅魍魎と呼ばれる小さい鬼の一種に見張られていたため、道を阻んだのだと言う。
けどその見張りがいなくなると、自分も人間を殺す策略は止めたいと言っていた。
その事実を聞いてまず私が思ったことは、良かったに尽きる。あの人も本当は望んでいたことじゃない。昼に聞いた彼女の言葉こそが本物だった。
「良い機会だったんで、ついでに色々と訊きましたよ」
「何を訊いたんですか?」
「趣味とか、メルアドとか」
「…………」
言葉が出なくなった。えっと、ここは笑うとこ?
「お前、今すぐ死にたいみたいだな」
と、案の上というかギルはご立腹なようで、ユラリとスカルヘッドさんに近付く。
「ギャ~! 冗談デスヨ冗談。紗希さんからも言ってくだサイ」
壁際に追い詰められ、逃げ場を失ったスカルヘッドさんは首を左右に振り、近付くギルを拒んでいた。まさか本気じゃないとは思うけど、いつまで経っても話が脱線して進みそうにもない。私もギルを宥めることにした。