3:侵入Ⅷ
「え!?」
慌てて確認するが、今はまだ何も見えない。非常口の緑のランプや、消火器のランプがぼやっとした光を生んでいるだけで、それ以上は何も分からない。そう思っていたが、急に明かりが目を刺激する。電気がパっと一斉に点いたのだ。
僅かに目を反らしたところ、再び見開いたところに人が現れた。
「……ハァァ」
単調な服を来ていて、頭に包帯を巻いている。ふらふらと歩く姿は危なっかしく思える。ただ一つ、血まみれであることが異常だった。
「行くなよ」
私が前に行こうとしたことをギルは見越したらしい。私の前にバッと手を出されて、進路を塞がれる。
「あれは返り血だ。人間じゃない」
「あぁ……あぁぁ……」
血まみれの男は唸り始める。ふらふらと、進む足を止めようとしない。面を上げて、私達に気付いたらしい男は、やっと立ち止まる。すると、首を垂れるように横に曲げて、口をつり上げた。
「あ……ああぁ……」
「……!?」
次の瞬間、消えたように思えた男はギルの腹部を貫いていた。
「……ぁ……」
悲鳴をあげかけた時、男はぐるんと首を回して私を見る。ニィ……と確かに笑った。それだけは確認することが出来た。でもそれ以上何も対処することが出来ない。
「今ので殺したつもりか?」
男の頭を背後からしっかりと掴んだギルがいた。 そのまま有無を言わさずに床に叩きつける。
「……っ」
床にめり込んだその威力は確認するまでもなく、申し分ない。その一撃で、男は沈黙した。
「怪我はない?」
「あるわけないだろ。今のもちゃんと躱してる。だが敵の場所が分からないのは問題だな」
そう言って、闇雲に探し回るしかないことにうんざりといった様子だ。確かに直接目的に辿り着けるならそれに越したことはないが、そうも言ってられない。
それより、もしかしたら襲われたであろう人はまだこの先で生きているかもしれない。早く行かなきゃとギルを促して私は進もうとする。その背後で、何かが蠢いたのを感じる。何かが軋むような音と、ボタボタと何かが滴る音。
「……ハァぁぁ」
「……!」
沈黙したかに思えた男が立ち上がっていた。驚いてる間にギルが私を後ろに下がらせる。
「……こいつ」
不気味だった。元々返り血を浴びていたわけだが、先程の一撃で頭から酷い流血を起こしている。けど本人は気にする様子は全くない。それどころか、構わず走り出して向かってきたほどだ。
「すぐ終わらせる。もう少し待ってろ」
見据えていたのは男だったが、ギルが言葉を向けたのは後ろにいる私だった。それだけ言うと、ギルは今度こそ沈黙させるために男の攻撃をかいくぐった。
§
「……ッ」
悉く弾かれる。数多のメスもそろそろ数の限界を気にする必要が出てきた。
「私たちを止めるのではなかったのですか?」
「ウヒャア! そ、そもそも、二人がかりなんてのが、ムリデスヨ」
スカルヘッドは距離を保ちながら、メスによる投擲で何とか致命傷を避けていた。特に看護婦の攻撃は身体能力のみによるものだから、ある程度の距離さえ作れば届くことはない。
だが、もう一人が何とも厄介だ。味方のはずだったリリアが、今スカルヘッドを苦しめていた。元々リリアの戦闘スタイルが中・遠距離型なのだ。看護婦の攻撃を受けまいと距離を持つことによって、逆にリリアにとって絶好の間合いに自らが位置することになる。現に、スカルヘッドはリリアのカマイタチに悪戦苦闘を強いられていた。
二人はキツイ。スカルヘッドはついには逃亡を図ろうかとまで考える。ギルに吠えられるだろうが後のことより、今の自分の命が危うい状況が問題だ。だが、看護士とリリアがそれをさせてくれない。
「ムグっ」
スレスレのところで顔を引いて避ける。危うく顔面に強烈な痛手を負うところだ。髑髏の仮面をしているとらいえ、衝撃を逃がす役割は全くない。ダメージはそのまま受けることになる。
今の駆け抜けた影はリリアだった。速さを求め、黒猫の姿で猛戦する。着地と同時に、リリアは振り返り、変身を終えて風を撃つ。実に効果的に攻撃と速さを使い分けていた。
「……!」
今度は体全体を捻らないと避けきれなかった。スカルヘッドもそれなりのスピードは持ち合わせている。二人相手によく対応してるといえたが、今度のカマイタチは避わしたつもりで、かすってしまう。
「そろそろ観念したらどうですか?」
看護士が投げ掛ける。どうやら蹴りが攻撃主体のスタイルのようで、今も足を鞭のように回す。スカルヘッドはその質問には答えない。観念したいというのが本音なのだが、今にも蹴られそうで、答える暇などなかったのである。