3:侵入Ⅵ
「……!?」
スピードタイプのリリアがたった一撃で終わるわけがない。すかさず左腕を振りかざした。ギルは掴んだ腕に力を入れ、きびすを返すと同時にリリアを投げる。
攻撃を加えることも可能だったが、さらに看護士が向かってきているのを目にしたのだ。振り返って投げた勢いのまま、ギルは向きを戻して、看護士の懐に沈んで旋回しながら蹴り上げた。
「……っ」
深くめり込んだようで、看護師は嗚咽を漏らす。そのままギルが追撃を試みる。右足で蹴り上げた動作から継続するため、左足を振るう。が、嗚咽したほど怯んだわりに、無理矢理ともいえる動きで体をねじ曲げる。当たりはしたものの、威力は反撃したであろうとギルは感じ取った。腹部に蹴りの衝撃で看護士は吹き飛ぶ。
「今度はこっちか」
威力も半減した。あれぐらいでは堕ちないだろうと予測できるが、投げて時間を稼いだリリアがもう戻ってきていた。今度は真っ直ぐには来ていない。ギルが見せた動き同様、右、左とフェイントを織り交ぜていた。
とはいえ、ギルから見れば稚拙な動きといえた。あっさりと見切れるレベルだ。だが、リリアにはギルにない風がある。ギルもスピードをつけて腕を伸ばす。が、急な加速でギルは目測を誤る。何とか避わしたものの、肩をかすったようで服が裂けた。
「ち……」
そのままリリアは、もう立ち上がっていた看護士と並ぶ。もはや完全にこっち側だと主張するかのように。
「リアちゃん……」
紗希が零す。悲痛な感情を滲み出した呼びかけだ。加えて、何故と疑問の念が紗希の中で渦巻いていた。
「貴方は何もしないんですか?」
看護士が気になったのは、攻防が繰り広げるなか、何もしようとしないスカルヘッドだ。何かしようとする気配すら全くない。能力を発動するために時を待つわけでも、隙を狙いすましているわけでもない。ただ呆然と見ているだけであった。視野を広げて注視していたが、そんな印象を看護師は受ける。
「私ですカ? あまり戦闘には向いてないデスから」
しれっとそんなことを言う。向いていない。とはいえ、手を貸す気が全くないのはいかがなものかと引っ掛かる。むしろ、あえて処刑人一人に任せてる感じだ。
「そうですか」
しかし看護士には関係がない。二人を同時に相手するよりはずっといいだろう。
「よそ見か?」
「……!?」
顔はスカルヘッドの方へ向けていた。その隙を狙って、ギルが広げた右の手を振り下ろす。跳んで後退して避けたが、あまりある勢いの手腕は、床をえぐった。
「凄い威力ですね。防ぐ方法が私にはないかもしれません」
「それは降参のつもりか?」
「まさか……。防ぐ方法がなければ出させなければいいです」
「ちょっと待って!」
二人が動き出す時、いやリリアも含めて三人が紗希の声に反応した。
「何だ」
ギルが短く問う。何故止めたと背後の紗希を睨む。紗希は少したじろぐものの、今言わないと機会はもうないだろうと口を開いた。
「待合室で会ったとき、貴方は言いましたよね。犠牲者を出したくないって。私たちは出さないためにここに来ました。だから、止めないでください。私たちが戦うなんて……」
「知ってます」
遮るようにはっきりと看護士が答える。そんなことは分かりきっていると。ぎゅっと拳を作っていた。
「そして本当は誰を止めるべきかも。でも、それでも今の私は……。……私にも、事情がありますから」
「で、でも……」
それでも紗希は食い下がらない。しかし、ギルに止められた。
「下がってろ紗希」
「ギル……」
言葉だけの制止だが、随分と重みがあるように紗希には感じられていた。
「あいつにも何か考えがあって俺らを止めてんだ。いちいちそんなことを気にしてる暇はねぇよ」
紗希はそれでも争いたくはない。納得は出来ていない。紗希の瞳には、看護士を敵として見ることが出来なかった。
「私への気遣いは無用です。それに、じきにそんな余裕もなくなりますから」
それは勝敗を制するのはが自分であると、宣言しているとも取れる。だが、それはそんな意味じゃないだろう。
「イヤァァァァァ……!?」
「……!?」
紗希たちの背後から悲痛な叫びが聞こえる。誰かは分からないが、暗闇の向こうで何かが起こったのは確かだ。
「何をしたんだ?」
「おそらくは、アレが動き出したんだと思います」
ギルの冷静な問掛けに、看護士もまた冷静に答える。さらに疑問が浮上する答え方だ。
「アレ……って何ですか!?」
紗希が青い顔をして尋ねる。平静さを失い、声を張り上げていた。