3:侵入Ⅴ
「ありがとう……ございます」
片手で抱き寄せられていたのでゆっくりと解放される。
「気を付けて下サイ。今は紗希さんが知ってる彼女じゃありまセン」
「そん……きゃ!」
突然ぱしっと頭に衝撃が走った。どうやらギルに叩かれたみたいだ。
「この馬鹿。どう見ても正常じゃないだろうが」
そんなこと言われても、私にそんなすぐには分かるわけない。こんなに暗いんだから尚更だと思う。
「いきなり攻撃してきただろうが」
「でも……」
そうだけど、でも信じられなかった。改めてリアちゃんの様子を見てみる。いつもと違うのはやっぱり間違いなかった。ただ黙って立っているだけだ。まるで、意識がないみたいだ。
「ごめんなさい。彼女には、こちら側になってもらいました」
「別に? 問題ねぇよ」
「問題あるって!」
いきなりギルはそんなことを言い出した。いったい何を考えて……って何も考えてないに違いないか。
「もしかしなくても紗希は助けるつもりか?」
「当たり前でしょ!」
あまりに意外そうな顔をギルは振り向いてきた。
「まぁどっちにしろ。問題はねぇな」
「大した自信ですね。それは私を過小評価しているんですよね?」
「勘に障ったか?」
「いいえ。私は別にそんなことを気にしたりはしませんから。でも、それが正しい判断とは思わない方がいいかと」
「……へぇ」
ギルの顔が歪む。挑発のつもりで返したのに、さらに挑発されてしまった。どうやらギルの方が勘に障ったらしい。
「ちょ、ちょっとギル……」
「それじゃあ試してみるか?」
「えぇ」
ギルの頭にはもう相手のことしかないようだ。私の声には耳を貸さず、いち早く駆けた。
§
看護士はギルのスピードに対応した。ギルは油断をしたと言ってもいい。まさか自分の攻撃が避けられるとは思わなかった。ただ避けるだけならまだしも、反撃を受けそうになったのである。
「……っ」
当然のように躱す。馬鹿正直に行くのも見切られる可能性を予見したギル。だから、フェイントをかける動きを取った。壁を駆けて見切られる可能性を最小限に抑え、背後を取る。リリアの背後を取ったとも言える。そこから看護士の背中へ一撃を与える。が、看護士は伸ばした右腕を優雅に避わした。実に最小限の動きで、的である体を振り向きつつ横にずらした。そこから流れるようにギルの空いた腹部に指先まで伸ばした腕を潜り込ませる。ギルは驚いたものの、とっさに看護士をも跳び越えることで危機を逃れた。
「言うだけのことはあるな。だがどういうことだ?」
ほぼ元の位置に着地したギルが尋ねる。解せないと、納得いかない顔だ。
「何がです?」
「人間にそんな動きが取れるわけがねぇだろうが」
「人間?」
反応したのは看護士ではなく紗希の方だ。直接本人から聞いた言葉を思い出していた。
「私は、人間じゃありませんよ」
確かに看護士はそう言った。しかしギルは人間だと言う。紗希にはどういうことなのか分からない。
「……簡単です。私は本当に……人間ではないからですよ」
ただその一言を口にするのに、躊躇いが何回もあったのを紗希も見逃さなかった。ギルもスカルヘッドも当然気付いた。
「
確かに動きは人間じゃないデス。意識もはっきりしてるから操られている可能性もありませんネ」
「貴方たちには関係ないことです。私は貴方たちを倒さなければならない。これ以上話すことはありません」
最早問答は無用と言えた。今度は看護士から仕掛ける。ギルと同様に凄まじいスピードで駆ける。軽く跳んで刈るように鋭い蹴りが炸裂する。狙いは顔だった。左方向からの蹴りに、ギルは間に腕を出して防ごうとしたが、女とは思えない威力にギルは弾け飛んだ。
「ぐっ」
「ギル!」
紗希が叫んでいる間に、リリアが次の行動に移っていた。虚ろな瞳は看護士とは違い、正気ではないことが分かる。だが紗希には暗いこともあるだろうが、気付けていない。
リリアは真っ直ぐにギルの元へ向かう。ギルは宙に浮いたもののそれくらいだ。余裕を以て着地を行う。その瞬間を狙い、リリアが風を呼ぶ。
「殺す気で来やがったな」
風の刃だ。直接腕に風を帯びて斬撃を作りあげる。振りぬく腕は、まるで鋭利な刃と化す。何とかギルは腕を掴んでみすみす斬られることだけは免れた。ただ掴んだ右手は、刀を掴み取ったようなものだ。掴んだ右手の内から、僅かではあるが赤い血が垂れ落ちた。