2:探索Ⅴ
そのまま私は二人と別れる。もうすぐ家に着くと思われる頃、私は思いもしない人物を目にした。
「こんにちハ。今、時間ありますカ?」
その者は、意外にも堂々と現れた。隠そうともせずに、この社会において不釣り合いな髑髏の仮面をつけている。風でなびくほどの白衣を羽織って、今目の前に立つ。私の進行を止め、私の視界に図々しくも割り込んでいた。
薄暗くなっているがまだまだ日は高い。なのにこの不可思議な感覚は何だろう。先ほどから周りに人はおらず、それはつまり目撃者はいない。この世界に似つかわしくないこの者も、騒がれることはなかった。
「どうしまシた? 何カ、ご都合でモ?」
私が何も言えず黙ったままでいると、再度質問が投げ掛けられる。私は、何と答えるべきだろうか。断って逃げようとするべきか。何故あの病院にいたのか、病院での変死事件と関係があるのか尋ねるべきか。
考えるまでもない。答えは決まっている。私しかいないこの状況で無茶が出来るわけもない。だが、そのための言葉も吐けず、四肢も動かすことが出来なかった。
「……っ……」
それほど圧倒された。殺気だと思った。これは、礼儀正しく紳士を思わせる態度を取っているが、本質的には有無を言わさないつもりだ。
「まぁすぐ済みますんで」
「……ぇ……」
そう言って近付いていた。気付いた時には眼前に迫る。汗が吹き出きるように頬を伝う。私はここで殺されるのかと思うと、震えるだけで何も出来なくなってしまっていた。
「あの病院で、人が死にましタ。でもまだまだ終わりじャアない。近いうちに、死ヌ。……全員、死ヌ」
「……っ!?」
ヌゥと目のまえに顔があった。奇妙な髑髏の仮面。それは鋭い形状で、視線までもが鋭いように感じるし、口元を鋭く歪めているようにも感じる。
「その場合、アナタは何をしますカ?」
「私、は……」
その時、風を斬る音がした。何が起きたのか。バッと髑髏の医者は飛び退いたらしい。
「紗希に、何する気?」
そこにいたのはリアちゃんだ。距離をあけた髑髏の仮面。得体の知れない魔界の住人との間に、リアちゃんは降り立っていた。少女の姿でフワリと金色の髪が舞う。
「……別に何モ。ただワタシは、教えてあげただけデス。その上で、アナタはこれからどう動きますカ?」
再度疑問を口にすると、髑髏の仮面は本当にそのまま何もなく、消え失せるように飛び去った。いや、リアちゃんが来たからかもしれない。リアちゃんが大丈夫だった?と心配する一方で、私は逆に尋ねる。
「さっきの……本当?」
「……え?」
「言ってた。病院の人たちは、全員死ぬって」
どうしたわけか、リアちゃんは何も言えないでいる。それは婉曲的であるが、肯定を意味しているんだと思った。
「教えて。私見たの。あの医者が、病院で何かしているところ」
悲痛な表情を浮かべているリアちゃんは、とても迷っている。どうすればいいのか。どうするのが正解なのか、必死に手探りしていた。私はそれを承知で、あえて追い詰めるように再度、追求する。
「……っ……。多分、そうなる」
「ごめんね。心配してくれてるのは分かってるんだけど」
分かってる。リアちゃんがここのところ不在だったのも、私に教えてしまうからだと思う。そしてそうなれば、私がどういう行動に出るかも。そしてその考えはまぎれもなく正しいと言える。
「紗希。駄目……」
私がきびすを返すと、瞬時にリアちゃんは回り込む。行かすまいと私の前に立つ。
「紗希には分かんないけど、あの病院は、凄く邪悪な気で包まれてる。メリーの時よりずっと……」
「ありがとう。でも、私が狙われてるからそうなったのに、無視なんて出来ないよ」
「紗希……」
精一杯の笑顔を出したつもりだけど、ちゃんと出せているのだろうか。リアちゃんはさっきまでとは違う強い眼差しをしていた。
「紗希は……具体的にどうするつもり?」
「とりあえず、皆を病院から避難させないといけないと思う」
「どうやって? このままだと病院にいると全員死ぬって公言するつもり?」
「……それは」
そんなことをしても、誰も信じないのは分かる。いや、既に事件が起きているから信じる者は少しはいるかもしれない。だけど、何故そんなことが分かるのか追求されるだろうし、信じた者がいても混乱を招く結果になることは確実だ。それにどのような形で死ぬのかも分からない。だけど、何もしないわけにはいかない。
「避難させる必要はない。私が何か起こる前に叩く。だから紗希は心配しなくていい」
「無理ですネ」
「……!?」
いつの間にかリアちゃんの後ろに、去った筈の医者が再び現れた。リアちゃんも驚いて私の前まで跳ねて後退した。
「帰ったんじゃ……?」
「帰る帰らないは私の自由ですヨ。それに、貴方たちが叩くと分かって放置するはずもないでしょウ」