魔人の目覚めた日
大地を踏みしめる感触も、野生の草花の生命力も、野趣香る風も久々に感じる別世界に、町ま
での6キロほどの距離もうんざりすることなく、むしろ歓喜極まる様子で浮かれて歩く。
目的地までの道も半ばに来た頃、町の方から4人の男が歩いてきた。
大振りの剣を持つ高級そうな鎧を着た男に、刀だ!刀を持っている軽装な男そして杖持ちのロー
ブ姿の男に、俺と同じような麻の上下服を着た同じ初心者であろう弓使いだ。
だいたい分かるんだけど、この世界はもう一つの世界を謳っている。
ゲームであるとは基本的に言ってない。だから、当然プレイヤーネームが表示されてたりしない
わけで。
「人違いだったら申し訳ないが、栄一達か?」
「真でいいんだな。来るのおせーぞ。買ったって言うからずっと待ってたんだぜ」
剣士の栄一はグローリー、刀を持っている修はSyu、直也は魔術師でNao、弓使いは洋一で
YOICHIだ。
「悪いな、キャラメイクで妙に凝ってしまってな。」
その割に平凡な感じに仕上がっているのは内緒だ。栄一達の方が格好よくできているのもだ。
「買ったと聞いてから、慌ててメールしたんだが、始める前に見てくれたか?」
と尋ねる修
「何!?いや、帰ってからは夢中になって浮かれていたからな、気づいてなかった。なんだった
んだ?」
「いや、な。パーティーのメンバーがこんなだからよ、盗賊にしてくれないかと思ってな。何に
したんだ?」
この3Lには正式にクラス(職業)はない。
ただ最初のキャラメイクの時に「戦士」「盗賊」「魔法使い」「職人」の四つの中から方向性を
選ぶことになる。
別にそれによって覚えられるスキルが変わるとかそういうことはない。
いうなれば選んだ方向に"むいている"としてスキルの熟練度に補正が入るのでバカにはできない
が。
「戦士だ・・・。」
戦士職は数が足りている。確かにもう一人、というなら盗賊のほうがバランスはよかっただろ
う。
栄一と修、直也は3人で何か話し合っている。
「真、俺たちは体験会の巡り順の関係で最も早く始めたプレイヤーではないが、割と上位に食い
込んでいるほうだ。だが、そこに甘んじているつもりはない。俺たちはトッププレイヤーを目指
そうと思っている。このゲームは人口がまだ少なく、パーティーを組むのも今はまだ難しい。し
かし俺たちは偶然にもこうしてメンバーを揃える機会を得た。真、悪いが盗賊方向にスキルを取
っていってくれないか。」
正直に言えば嫌だった。栄一達はこの世界をやはりゲームだと考えているのだろう。だが俺は
そうじゃない。
"戦士"を選んだのは武器を持ったときの武器スキルを早めに鍛えたいからだ。基本この世界では
身を守る手段が必要だ。
これはゲームではないと想定すれば、PKが可能かどうかなどと考えることも馬鹿らしい。(P
Kとはプレイヤーがプレイヤーを殺害することゲームによって可不可が分かれる)
NPC、モンスター、プレイヤーいずれと敵対するか分からないのだから。
そして何よりましてトッププレイヤーなどに俺は興味がないのだ。
世界中を自由に見て回りたいし、いろいろ創ったりもしてみたい。
断りたい。だがしかし、栄一達からは剣呑な雰囲気が漂っている。
正直、益々栄一達と距離を置きたくなったのだが、ここは情報収集と様子見に徹した方が得策だ
ろう。
「わかった。」
簡単に答える。
俺は彼らが根城にしている町へと連れられると、ギルドに連れていかれ、まず冒険者として登録
され、次いでパーティーへと加入させられると、ギルドでの初心者講習を受けるようにと言われ
る。
まず冒険者について参加者全体に説明がされ、次は職業別の講習へと入る。俺の方向性は戦士だ
が別に受けたいものでいいらしい。
俺は盗賊の講習を強要されているので助かるが。
盗賊の求められる役割は主に斥候だ。
敵の存在や罠を発見することである。
次は扉、そして何より宝箱の開錠である。
説明を受けた後、実際に罠の解除や宝箱の開錠の模擬訓練である。
講習を終えると"開錠""罠解除"のスキルを覚えてレベルも1つ上がっていた。どうやら敵を倒さ
ずともレベルが上がるらしい。
レベルが上がることでステータスが上がる。
俺があがったのは器用さと俊敏性だ。
ちなみにレベルが上がっても、スキルを覚える、スキルの熟練度が上がるということはない。ス
キルを使用することでレベルが上がるがレベルがスキルに影響を与えることはない。だがステー
タスは装備の選択に影響を及ぼすためレベルは高い方がいい、とあれば。もっとも重要視される
のはスキルだ。
できれば補正のかかっている戦士系のスキルを鍛えたい。くそ。
彼ら主導のレベル上げが押し進められた。
俺は当然罠解除と開錠スキルを率先して上げさせられていた。
上げたスキルが無駄になるわけじゃない、が、俺は戦闘スキルも上げたいんだよ!
修たちはともかく、同時期に始めた洋一とも差が出始めているのだ。
俺は個人での訓練を追加し始めた。
リアルでの生活に多少なり影響が出始めたが,仕方ない、仕方ないのだ。
自分で適当に剣を振ってみたが、スキルが手に入る様子はない。
開錠、等のように基礎は教えてもらう必要がある?
俺は、体育でかじった程度の剣道の動きをこの世界でなぞってみる。
町から少し離れた平原を駆ける風が、汗が滴る身体に心地よい。
一体どうやって実現しているのか不思議で仕方ない。
少し昔の自分の"感じ"を身体が思い出した頃、"剣道"のスキルを会得した。
"剣術"とは別なのか。実際の剣を持って戦うには少し不安が残るな。
過去に経験していたせいか、成長が早い気がする。
もっとも他と比べようがないのでそう思っているだけだが。
そしてようやくレベルアップで筋力が上がった。
罠解除の訓練なんかじゃ器用さや何故か素早さしか上がらなかったからな。
鍛えたスキルがどのステータスが上がるかに影響してる可能性は高い。
もう少し検証がひつようだが。
レベルが2つ上がったころ、背後でガサっと音がした。
集中していなければ気づかなかったかもしれない。
黒い影。
狼だ。ブラックウルフ、ひねりはない。
初心者には少しきつい、と栄一達が言っていたっけ?
よく気づかれずに近づいてきたなと思うほどには身体がでかい。
組み敷かれればほぼアウトだろう。
俺は剣を相手の目の間に差向ける。
相手が人間でない、というのも厄介だ。
ブラックウルフの速さは厄介だ。
だが、罠解除などでレベルアップ時に敏捷性と器用さが上がっているのだ。
なんとかかわせる。
とは言え、こちらも少しずつ削るようにしかダメージを当てられていない。
戦闘が長引けばやはり被弾も増える。
なんとかブラックウルフが動きを止めたとき、俺も結構傷を負い、肩で息をしていた。
今日のところは町に戻り休んだほうがいい。
俺はとってある安宿へと足を向ける。
「おい、真。おまえがこんな時間にログインしているのは珍しいな。」
栄一たち3人が俺のところへやってくる。
「なんだぁ?えらいボロボロじゃん。ドラゴンにでも出くわした?」
お前らと一緒にするなよ。そんなのと戦ったら一瞬で消滅の危機だよ!
「ブラックウルフと少しじゃれあってな」
「おいおい、俺らのパーティーがブラックウルフなんかにやられてもらっちゃ困るぜ?」
ったく、だったら戦闘スキルをあげさせろっていうんだ。
「おい、幾らなんでもおかしくねぇか?」
直也が声を荒げる。
「どうしたんだよ、直」
「おい、真。お前最初のキャラ設定でボーナスポイントどう振った?」
「ボーナスポイント?」
俺はそんなものを振った記憶はない。
「このゲームは現在のステータスを元にレベルアップ時の上がり率が計算されているっていうの
が現在の主流の考え方になっている。お前が戦士方向を選んだって言ってたからな、筋力にある
程度ボーナスポイントを振ったものだと思っていたんだ。だが、洋一の成長振りと比較してみれ
ば真の攻撃力の低さは異常だ」
繰り返し言うが、俺はそんなものを振った記憶はない。
「俺はボーナスポイントなんて項目は知らない。」
栄一たちがざわつく。
「真、悪いがお前にはパーティーを抜けてもらう。」
「なんだとっ」
「パーティーが組める人数は決まっている。盗賊としても戦士としても半端だ。しかも将来性も
ない。足手まといはいらねぇ。」
「まぁ、そういうことだ。俺達としても、お前にかけた時間を無駄にしたわけだし恨みっこはな
しだぜ、じゃあな。」
3人は最早俺に何の価値もないとばかりに背を向けて去っていった。
ふざけるな!役に立ちそうもなければすぐにポイだと。
盗賊としてのスキルを強要しながらなんていい草だ!くそったれが。
ははは・・・俺のもう一つの生活はさっそく負け組みなのか!?
なんだ!?視界の端に、携帯のメールみたいなマークがあり、赤く点滅している。
こんないかにもゲームといった設定はしなさそうなのに・・・。
そのアイコンに意識を集中させると、内容が脳裏に伝わってくる。
キャラメイクの特定動作による、バグのお知らせと謝罪と保証について。
キャラメイクのやり直しはなかった。
だが、代わりに与えられた"権利"。
俺はゆがんだ顔に不吉な笑みを浮かべた。
お前らがこれがゲームだと言うなら、そのルールに則って復讐してやるよ。
この日の直後、バグが修正されるまでに被害を蒙ったプレイヤーは13人。このゲームの購入者自体が少なかった頃であったため、被害数はそれほど多くなかった。だが、被害者らはほぼすべてが仲間内から見捨てられ、独自の道を行くことになるのであった。
これにて、裏方の説明お終いです。
長かった。