ヘレンのある日
「最近雨漏りするようになってねぇ。息子は他の町に仕事で出ているし、私がやるのはちょっと怖いしねぇ。困ってギルドに依頼を出したんだけど誰も引き受けてくれなくて困ってたんだよ。」
品があり、穏やかなお婆さんは心底安堵したように息をつく。
「ただ、私も専門の職人ではないので、応急処置くらいしかできませんが…」
対するのは冒険者。長い金の髪を後ろで一つに束ねた、鋭い目だけがちょっと残念な美人だった。
「応急処置でいいんだよ。うちの息子が大工だからね。帰ってくるまで雨が防げればいいのさ。」
大雑把でいいんだよ、と手をパタパタするおばあさん。
「でしたら後で息子さんが修理するときに邪魔にならないようにしたほうがよさそうですね。」
冒険者ーーーヘレンはおばあさんことフローリアさんに雨漏りするという位置を案内してもらうと、外に戻り、タンっと軽い音を立てて空へと跳び上がると足音もなく着地する。
足音をさせないスキルを使ったのではなく、屋根にちょうどよく届くだけの力を込めて跳んだのだ。音となるだけの余分なエネルギーはなく、もちろん屋根に被害を与えることもない。
ーーーフローリアには少し刺激が強かったようだったが。目を大きく開いて固まっていた。
「ぼ、冒険者ってすごいのね…。でもだからって怪我はしないようにね」
なんとかそれだけを声にする。
「はい、ごめんなさい驚かせてしまって」
ヘレンは跳躍したときと同じようにフワリと笑って答えた。目を細めて笑うと、吊り目の鋭さも隠れて妙に愛らしさが生まれる。
フローリアもまぁ、と言って視線が釘付けになってしまう。
「ああ、ここですね。恐らく風が強かった日に飛んだものが当たって屋根板が割れてしまったのだと思います。この程度なら…一応他も見ておきますね」
そう言って屋根の上を隈なく見て回るヘレン。
「あと2ヶ所ほどヒビ割れているところもあったのでそこもついでに直しちゃいますね」
再びぴょんと飛び降りて、ーーーフローリアは必死に悲鳴を飲み込んだーーー今度は足で衝撃を吸収してやはり音はしない。
「必要そうなものを買ってきますね」
そう言って歩き出そうとするのを、
「待って待って。さっきも言ったけどうちの息子は大工なの。使えそうなものは使ってもらっていいと思うわ」
フローリアが腕をとって引き止めそう言うと、ヘレンは顎に手をあてて考える。
「でも職人の方なら自分のものを勝手に使われたら気分が良くないのではないでしょうか?」
そう言われて、フローリアはそういうこともあるかもしれないわねと思いながら
「大丈夫じゃないかしら?ありがたいことに息子の仕事ぶりが評価されて隣町の大きな仕事を任されて行ったのだけど、それなら自分の一番道具は持って行っているでしょう。無駄遣いする必要性はありませんよ。大丈夫、何かあっても私が怒られるだけですから」
茶目っ気たっぷりにウインクして言うフローリアにヘレンの口角が弧を描く。
「そういうことでしたら遠慮なく」
物置、というのは失礼か。大工道具が整理されて置かれているのを拝借して、それでいて苦もなく屋根に跳び乗って作業をするヘレン。
心配をする必要はなさそう、というかするだけ無駄そうと思ったかはわからないが、フローリアは家の中に入ると鼻歌混じりに台所で作業をする。
「終わりました。これで大丈夫だと思いますよ」
開始して約2時間後、ヘレンは仕事を終えて降りてきた。借りた道具を最低限の点検をして返すと、辺りを見回すもフローリアの姿がないので、家の戸をノックしたのだ。
「ああ、お疲れ様ありがとう。さぁ、お茶にしましょう」
パタパタと駆けてきたフローリアに強引に背中を押され庭に設置されていた席につくと、家に入っていったフローリアがお盆を持って帰ってくる。
「あまり料理は得意じゃないけど…これだけは得意なのよ?」
そう言ってテーブルに乗せられたのはアップルパイだろうか?包丁を入れて切り分けると、小皿に取り分けて差し出して来る。
お茶も入れられてしまい、最早断ることもできなくなっていた。
「ふふふ、子供は息子だけでね、一度こういうのしてみたかったのよ」
と悪戯っぽく言うフローリア。
ちょっと不安になりつつ、一口食べてみる。
「あ、おいしいです」
思わずそんな声が漏れる。
サッパリとした甘さでしつこくない。
恐らく料理が苦手というのも謙遜なのだろう。
「言ったでしょ、これだけは得意だって。と言ってもそれほど難しいことじゃないの。リンゴはね、お菓子に使うときは酸味のあるものを使うっていうだけなのよ」
嘘ではないだろうが、もちろんそれだけで美味しく作れるわけではないだろう。
それから会話をしつつ、お茶を楽しんだ。
息子と結婚しないか、と言われたのには焦ったヘレンだった。
「雨が降っても大丈夫だったら仕事完了の印を押してギルドにお願いします」
ヘレンはそう言った。
今回の仕事は雨が降らないと実際どうかわからないだろう、という配慮からだが。
「はい」
と言って渡されてしまう。
困惑するヘレンに笑いながらフローリアが答える。
「あなたの人柄はよくわかったから大丈夫よ。それにギルドまでいちいち行かなくて済んで私も助かるの」
ちょっと困り顔のヘレンが、
「それでは万が一何かありましたらすぐに参りますので喚んでください」
「ほらね、やっぱり大丈夫だと思うわ」
帰るヘレンを微笑みながら小さく手を振って見送るフローリア。
ヘレンは帰宅の途中で考える。
それはお茶会の雑談の中で聞いた話だ。
冬に向けて、木材の値段が高騰するのはいつものことだが、今年はいつもよりその傾向が急激になっているらしい。
「少し、調べてみるか…」
ヘレンは足を早めた。
「母さん、これをやった冒険者ってどんな奴だった?」
帰ってきた息子に言うと、勝手に道具を使わせたことに少し反応したが、それ以上のことはなく、点検を始めたのだった。
ヘレンが帰ってから幾度か雨が降ったが問題はなかったのだ。
「何かあったのかい?全く問題はなかったんだけど」
そうは言ってもやはり専門じゃなかったのだ。職人の目から言わせれば違うのかもしれない。
「いや、そうじゃない。俺達の目から見ればまだ完璧な仕事とは言えないが、冒険者ってのはこれだけの仕事ができるものなのか気になってな」
そう言うと、フローリアは自分のことのようによろこんで話し始めたのだった。
「お前と結婚してみないかと言って見たんだけどねぇ。」
その一言にギョッとする息子、カープ。
「勝手にそんなこと言うなよ、お袋」
「……驚かされたけどね。いい娘だったから。危険な仕事を続けないでいられないかと思ったら口にしてしまってたの」
二人は黙った。
髪をガシガシ掻きながら、カープが言う。
「あの仕事振りをみれば、その人が出来るのは分かる。心配する必要性はないさ」
片付けられた道具の位置や手入れの跡を見れば職人には分かるのだ。
「そうだねぇ。アップルパイを作ったのが余ってるんだけど食べるかい?」
表情を明るくしたフローリアが言う。
「お袋がアップルパイを作るなんてよっぽど気に入ったんだな。どんな偉い人に頼まれても気に入らなければ作らなかったのに。」
「あの娘が嫁に来るんなら作り方を引き継いで欲しかったねぇ」
ブフーっとお茶を吹き出す音が空に響いた。
情報収集は人の生活の中から、が基本の“闇雲“さん。
どうせなら依頼を受けながらやれば一石二鳥じゃない?ということで、冒険者には不人気の雑用系を受けます。
ギルドの仕事を受けるときはヘレンの姿が多い。
皆が受けない仕事を引き受けて、丁寧にこなすヘレンはギルド職員からも依頼者からも人気がある。
普段滅多に笑わないヘレンの笑顔を見られると、幸せになれるという噂が流れている。




