ねずみ退治
誰も知らない。
「それなりに名の通った盗賊団の団長が部下を囮にして逃亡とか、期待ハズレね」
人通りの少ない裏道に鈴のなるような声が響いた。
「お前は、ヘレン!?こんなところで何をしているっ」
足を止めた男達が声の方へと顔を向け、驚愕する。
幹部としてまとめ役になって久しく、最盛時の技量には劣るとは言え、これほど近くにいる人間に気付かないということは考えられなかったのだ。
「言っておくけど、私は私の仕事はしたわよ。望まずとは言え、
与えられた仕事を放り出すのは主義じゃないもの。そもそもあなたこそこんなところで何をしているのかしら?この先は秘密の抜け道よね?あ、言い訳とか別にいいから。こんなこと言ってるけど、今回の大捕物を利用してこっそり逃げようとしてたのはとっくに知ってるし」
辺りに沈黙が満ちる。
「なるほど、お前の言う通りだとしよう。それでお前は何のようだ。私を捕まえようなんてつもりはないのだろう」
「……あなたがこれまで奪った命はもはや盗り返せないけど、貴方の罪を減らしてあげるわ。」
その台詞に何人かがハッとする。
「お前は、まさか…“闇雲“!?」
「“月籠の首飾り“は返してもらうわ というか既に我が手中にあり、なんだけどね」
妙に長く感じられる数秒の後に男達から洩れたのは、
「「「は?」」」
たった一文字の間抜けな音だった。
「お宝の隠し方のせせこましさ…もとい用心深さだけはなかなかだったわ。」
その微笑みも男達にとっては嘲りにしか思えない。
「くそっ、あれだけは渡さん。」
「団長、諦めましょう。すぐに衛兵が来ます。我らさえ無事なら取り返すことなぞ幾らでも……」
男達の一人、幹部がそう言うが、
「黙れ黙れ黙れ!“月籠“は私のものだぁっ!」
背を向けて走り出すヘレンこと“闇雲“を追いかけはじめる一団。
「団長、もう無理です!」
泡を吹き、目を吊り上げて追いかける団長は最早目の前の女しか見えていない。
少しずつ、追いかけていた人間が離れて行った。
これまで共に悪事を重ねてきた仲間ではあったが、破滅の道に付き合おうとまでは思わなかったのも仕方がない。
もう追いつく、というところでヘレンが角を曲がる。
一歩遅れて団長が角を曲がった先にいたのは
衛兵隊長、その人であった。
「ねずみのボスが自分から寄ってくるとはな」
これにはさすがの団長もたたらを踏んだ。
「なっ」
ようやく冷静さをわずかにとり戻した。
「ねずみがいたぞー」
背を見せずに後ずさる団長は数瞬後目を見張ることになる。
衛兵達が集まってきた中に同じ顔がいたからだ。
慌てて、見返せばそれまで向き合っていた方の隊長がニヤリと笑った。
最早これまで、と団長はせめてもの道連れにと“闇雲“に掴みかかるが、フワリと泡のように消えてしまった。
月籠の首飾り
とある領地で、善政を敷いた良種に献上された装飾品。鉱山を有し、その加工を得意としたその地で作られた。
翠色の水晶の中に三日月型の傷がある。
月を閉じ込めた籠ということで「月籠」と呼ばれる。
その台座となる首飾りも当地の熟練の職人が手掛けた、「月籠」を立てて自己主張を控えながらも精緻な意匠は十分に素晴らしい出来である。
先祖の偉業と領民の心の象徴として家宝とされていた。後に王家から「月籠は王家にこそふさわしい」と遠回しに寄越せと言われたときには「領民の心、渡せるものにあらず、戦うもやむなし」と返信したことが何故か国中に広まり、王家への批判が殺到。当代の王は蟄居、命令は取下げられた。
更に後に盗賊団“砂ねずみ“が襲撃し、「月籠」を盗んだ。
その際に偶然気づいた後継ぎが、家宝を守ろうとして負傷、運悪く傷が元で6日後に亡くなるという悲劇が起こる。多くの領民がその死を悲しんだ。




