体験会終了
少しの時間を置いて冷静になった俺は参加者全員がどこか浮かれているのを感じとる。全員あちらの世界を体験したのだろう。
どうやら試遊機は人数分あったらしい。
参加は事前に事前に予約が必要だったのだし、まぁ順当と言えるだろう。
「皆さん、お疲れさまでした。これにて試遊体験会は終わります。
寄付頂ける方はこの場で商品確認の後お持ち帰りいただいて結構です。もちろん、一旦お帰りになって考えていただいても結構です。改めてご購入の際は開始時に渡した封筒の中に連絡先が入っておりますのでご連絡のほど、お待ちしております。」
「その必要はねぇ!」
一人の参加者が荒々しく席を立ち、六花さんの元へと近づく。
「その綺麗な顔に傷を付けたくなかったらここにある1台を寄越せ!」
その行動に共感はできないが、どうしても欲しいと思ってしまったのは俺も同じだ。薪を割る手応えも汗ばんだ肌をくすぐる風もパンの魅惑的な香りも口の中に広がる甘みも現実ではそれほど意識していなかったのだろうか?向こうでの五感は現実よりも生々しく、瑞々しかった。
機体の動作に不具合があったのだろうか?
そうではないだろう。
日頃、歩く時にいちいち歩くことを意識する人間は少ないように惰性で行動している面が多いであろう現実より、どれだけ世界を表現しているのか意識を密にしていた向こうの世界は、普段より敏感に世界を感じさせたのだ。
そんな思いを抱いていたからか、目の前の男の行動に俺の感動も興奮も凍結していくのを感じる。
「開発者兼テスターとして、あちらの世界を体験していた時間はどれだけだと思います?」
六花さんの口から出た言葉はは想像の外だった。
表情には強ばった様子もなく、うっすらと笑みすら漂っている。
「体感にしておよそ100000とんで2時間。あちらでの行動で肉体が鍛えられることはありませんが、染みついた、とまで言える感覚と技能は伊達ではありませんよ?」
フッと彼女の姿が消えたかと思うと、掴みかかりかけた男の背後にあり、男の右手は捻られて背後に回されていた。そのまま床に倒されて苦悶の表情の男に手刀一閃。男は苦痛から解放されたようだった。
てか、それってマンガの中だけじゃないのかよ!
パンパン、と手を合わせながら
「ごめんなさい、詰まらないオチになっちゃっ「俺、絶対金貯めます」たわね。」
誰かが被るのも構わず叫ぶと封筒片手に走り去った。
多分バイトでも探しにいったんだろう。
俺も同じ気持ちだ。
最後の"演撃"は冷えきった心と体に再び熱を、前以上に高まらせた。
あちらの世界もまた、現実なのだと実感させられたから。
「さっきの彼は聞かずに行っちゃっいましたが、寄付は16万円。機体の譲渡は1機のみです。分かりやすくゲーム風にいうと、向こうの世界でのアバターは一人につき1体のみ。静脈、指紋など生体情報他無数の条件により個体を認証しますので、複数の機体を購入しても複数のアバターの構成は不可能です。皆さんは各世界に一人しかいらっしゃらないのですから。機体を無理矢理に開いたりした場合、保証はできません。機体、人体共に、です。故障の際は私の元へと連絡を。もちろん、自ら開いた場合は修理をお断りいたします。」
こうして販売者の一方的な条件を押しつけられて体験会は終了した。
話だけ聞けば詐欺としか思えない。
でも、あの体験会に参加した人間は迷わないんじゃないかな。
ちなみに最後に暴力をふるいかけた男は「んしょ、と」の一言で台車に乗せられ会場の外にペイっと転がされた。
借りている場所だけに時間内に元に戻して出なければならないのだから仕方ない。同情の余地なし。慈悲はない。