月下の憂鬱
はっきり言ってしまえば楽勝過ぎた。
現代日本のハイテク警備にも、盲点というか隙はあるにせよ、エイセスセニスの未発展な社会のザルさに比べればかなり水準が高いと言ってよい。
防犯カメラなんてないし、鍵など南京錠のようなものがついていれば防犯対策をしている、というレベルなのだ。
もともと扱い慣れている針は裏スキル【精密作業】により1/10mm単位で自在に動かせるようになった今ではあってないようなものだった。
ちなみにカメラがあったところで変装をしているので写った所で問題はないのだが。
とは言え、だ。代わりと言ってはなんだが、こちらの人間は侮れない。
犯罪者を無傷で捕らえようなんてつもりはなく、ぶん殴ってでも動けないようにして、捕まえるのはその後だという脳筋が街中をうろついているのだ。
現場主義の実力主義で慣らした筋肉のあつくるしいのをみれば現代日本のそれとはまるで違うのがすぐわかる。
そんなわけで、技術は対人間用に構成されている。
人の認知は完璧からはほど遠い。
追いかけられた時、リバーシブルの服をさっと裏返し色合いを変えるだけで別人かと思われたり。
「今、真っ赤な服を着た男が走っていきませんでしたか?」
と本人に向かって聞いて来たこともあった。
それでなくとも目立つ服を着て逃げて、視線を切った後に黒に近い柿色の服に着替えれば夜闇にまぎれることも可能だ。
この世界には「スキル」という概念がある。
そのせいもあって渡来人と呼ばれるプレイヤー達はこの世界をゲームと捉える傾向がつよい。
剣や魔法が存在するのもそれに拍車をかける結果となっている。
だが、この「スキル」も現代日本の知識と合わせて使うことでより効果的に使うことが出来るのは実証済みである。
必要な技術は揃っている。
---だから、
後は何を盗むのか
それだけが唯一の悩みなのだ。
ただの金銭目当てのこそ泥は論外。
人の命など盗り返しのつかないものも同じ。
盗みが悪であることを理解しているが故に
そをもって何を盗むかに悩むのだ。
今宵もまた月を背景に一人のシルエットが屋根から屋根へと飛び回る。




