初めの一歩 オンザ エイセスセニス
裏設定というか説明が長すぎる!
正体不明どころか存在感なし。(ToT
マスクの光が消え、頭部から外されると六花さんは立ち上がり、
こちらへと振り向き、コホン、と一息ついて
「ま、まぁこのように躊躇いなく装着できるくらい完成度には自信があり、障害が残ると言ったことは無いはずです。」
自信に満ちた台詞とは裏腹に、彼女の頬が赤くわずかに参加者達から目を反らしているのは先ほどの光景を見られたことによるものだろう。
「なんで幼女だったんですか?」
参加者の一人が尋ねる。
「私だとわかりながらも、キャラクターをあるていどいじれることを見せようと思ったんですが・・・ちょっと失敗しちゃいましたね。」
照れ隠しの笑みを浮かべつつ答えが返ってくる。
「さて、それじゃ早速いってみます?」
と俺らを見回して聞いてくるが、誰も手を挙げない。
遊んでみたいけど、認可を受けていないことへの不安とかが捨てきれず誰かの生け贄を待っている、そんなところか。馬鹿共め!!
そのような軟弱な覚悟ならば最初から来なければいいのだ。
俺は躊躇を置き去りにして機体に手をかけた。
多分、これまでの試遊体験会でも皆引き気味だったのだろう。
聞いた六花さん自身、俺の行動に驚いていたのだから。
「いいでしょうか?」
フリーズしていた六花さんに声をかける。
「ええ、もちろん。ありがとう」
と営業スマイルでない微笑み・・・。
自分で作ったものが認められない(内容上、仕方ないにしても)ことは彼女にとっても嬉しくはなかったのだろう。
「これは試遊の関係上、装着者の造形を読みとって自動で反映することになっています。他の人がプレイしても私の若い姿にはなりませんので安心してください。」
背後の方で「くそ!六花さんの体温や香りが残っていたかもしれんというのに!!」とか「幼女でよかったのに、自分とか誰得」なんて聞こえてくる。幼女の姿で何をするつもりだったんだよ・・・不安しかねぇ。
「電源はすでに入っていますので、装着後"リリース、オン"と仰って戴ければ起動します。」
「リリース、オンですね「「あ」」」
参加者と六花さんの驚きの表情に見送られて俺はもう一つの世界"エイセスセニス"へと飛び込んだーーー
わずかの酩酊感。これは慣れの問題だろう。
心身に不都合は感じられない・・・ってんなわけない。
これはガキのこれの俺の体、感覚、視界。
少しずつ成長しては失われていった"とある時期の"自分だ。
中身は幾分おっさんになっちまったから心まで若返りはしていないが。
それでもだ。
現実ではむしろ実感する機会の減った森の・・・自然の臭い。
本物を知っていないはずなのに、これは"本物だ"と感じる。
歩みを進めれば、足が地面につく感覚も体が大気をかきわけている感覚も感じ取れる。唯一の違和感は現実での鈍った体と若いころの体との身体性能の差だ。
「おう、坊主。ちょっと薪割り手伝ってくれ」
背後から不意に声が聞こえ手を取られてひっぱって行かれる。
「女房に頼まれたんだが、これからちょっと用事があってな。女房にはこの手紙を見せりゃちょっとした報酬がもらえるからよ、頼んだぜ 」
俺の返答など知らぬとばかりに男は去り、斧と薪割り台、そして大量の木である。
何はともあれ試してみる、興味もあったし。
台の上に木を置き、薪割り斧を振りかぶるっと危ねぇ!
やっべーわ、ジェイ○ンとか斧持って追っかけてきたらチビりそう。
そんなわけで大降りせずに小さく打つべし打つべし!とやっているのだがなかなか割れん!無理やり押し付けられたのだし、放り出したところで文句を言われる筋合いもないのだが、そこは意地というものだ。
ガン、ガガン、ゴッ。不恰好な音が連続する。薪割り台が悲鳴を上げる。
「なんて音させてるの!ってあれあなた誰?」
悲鳴を聞いて隣人が駆けつけてしまった!
「えっと、その急用らしくて頼まれまして、ハ「あんのくそ亭主、また釣りに出かけやがったな」イ。」
被せられました、言葉のクリス・クロス。
一応、手紙を渡しておく。
愛しの妻へ
ごめーん、お隣さんに釣りに誘われちゃった、てへ。
男同士の友情のため、断るわけに行かなかったのだ許してね
身代わりを置いていく。こき使い、しかる後に菓子でも焼いてやってくれ。
君の愛するダーリンより
ブチっと何かが切れた音が重なる。つまり二人分。
奥さん?は俺の手から斧を奪い取ると(元々彼女らの物だが)
台の上に次の木を置くと軽くフヒュンっと振り下ろす。
荒々しさはない、が鋭い1撃が俺の横を通り抜け、 割と軽い音を残して薪が二つに割れる。
「ふん、あいつは後で〆とくから。無理強いされたのは分かってるからいってもいいよ」
斧を台の上に置いて家へと戻っていく。
これ、下手したら俺が薪のようになってたんじゃねーの?
"スキル【斧】を会得しました。"
本当にもう一つの世界だと思っていたら途端にこれである。
とは言えさ、なんか戦士ってわけでもない女性ができるのになんか悔しいじゃない!やってやろうじゃんよ!
さっきの女性からすれば 下手されるくらいならやめて欲しかったのかもしれないがおあいにく様です。
スキルを手に入れたせいか、さっきより安定している。
使えないほどに木っ端微塵(文字通り)にすることは減ってきた(なくなった、ではない)
先ほどの女性の動きを参考にえいやっおうっ。
大分うまくなってね?
"スキル【斧】のレベルが上がりました。"
15本ほど割った頃にレベルが上がったらしい。
音が良くなっている。
"スキル【斧】のレベルが上がりました。"
もう20本割ったところで再び。
慣れてきた。最早失敗することがない。カコンカコンとリズム良く薪ができていき、なくなった頃にはもっと割りたかったと不満に思えたほどだ。
「へぇ、結構器用なんだね。片っ端から駄目にされたんじゃたまったもんじゃないと思ってたけど、やるじゃないか。これは無報酬で返すわけにはいかないね」
今度はストレートか。(心を)抉るように撃つべし打つべし!
奥さん、素手でもやりますね、ごふっ。
なんてギャグっていたら、小さな包みを持たされた。
温かく、蜜かな?甘い香りが鼻腔をくすぐる。
動いた後だったのもあり、行儀の悪さなんて考えもせず、そのままむしゃぶりついてしまう。パン、だろうか。程よく溶けた蜜がこぼれそうになるのを食い止めるように(文字通り)かぶりつき、無くなる。
口腔を通り抜ける香りと味のハーモニーの余韻を残して俺の視界は真っ暗に染まった。
「申し訳ありません、そろそろ時間ですのでこちらで遮断させていただきました」
えっと、ああ、そうか六花さん。
現実に戻ってきたんだな。
俺、薪割りしかしてないんですけど~。
「え?ちょっ?深山さん深山さーん!」
がくりとした俺に六花さんの声の効果は届かなかった。