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とある画家の原初追憶 2

 俺は結果としては伯爵家の地下牢に閉じ込められた。


 捕まえられたときには知らなかったことだが、伯爵家は侯爵家に対して婚約の申し入れをしたらしい。


 一介の画家達ですら知った情報で忌避するご令嬢を、身分が上の貴族が

受け入れるはずもない。つまりは俺の絵がどれだけ彼女を美しく描こうが

上手くいくはずのない試みであったことはいうまでもない。


 しかし、伯爵家はそうは思わず俺の絵が下手だったからだ、と徹底的に俺をリンチにした。無事だったのは必死で庇った右腕だけだ。

最もそれも、いやそれこそ喜々として俺の右腕を潰そうとするのだろう。


 地下の牢屋に日は差さず、昼夜の判断はつかない。

いつ奴らが来るのか、と俺は怯えていた。

そこにいるはずのない者の声を聞いた。


「かつて、金稼ぎのためでない、君の絵は好きだったがね」

 

 痛みをこらえ頭を上げると奇妙な格好をした青年がいた。

いや、奇妙という表現は正しくない。

ただ、このあたりではあまり見ない服だっただけでその青年をよく引き立てていた。

「どこかで会った…こと…が?」

口の中も散々に切っているのだろう、話すのも辛かった。

「かつて、ポール・ルーの湖で風景画を描いていたときに少しね。」

 そう言って青年は柔らかく笑った。


 ポール・ルー、その地名に確かに覚えがあった。

王都から遠く離れた片田舎の町。

近くに美しい湖があり、観光名所でもある穏やかな町だった。

 俺はその湖の絵を描くためにその町に逗留していた。

住み心地がよく、純粋に絵を描くのが楽しかった頃だ。

だが、あの時こんな青年---当時もう少し若かったとしても---に会った記憶はない。


 「渡来人の世界には、視界を切り取る道具がある」

 「視界を切り取る?」

 「眼に映る風景を寸分たがわず写しとるんだ」

 その言葉には驚愕を隠せない。

 「それじゃあ、俺たち絵描きは必要ないな」

 半ば捨て鉢気味にそう応えた。

 「そうでもないさ。どんなに美しい風景を画いた絵を見ても、実際の風景を前にしたときに呼び起こされる情動までは再現できない。だがかつての君の絵にはそれがあった。全く同じものではないにしろ、訴えかけてくるものが確かにあったのだ。君が今描いているものは本当に君が描きたいものなのかい?」


 その言葉は俺の胸の奥にスッと染み込んで来た。

その時、伯爵家の私兵が見回りに来た。

「おい、アンタ!」

 手遅れだと知りつつも声をかけたが、それは全くの杞憂に終わった。

彼らは何事もないかのようにそのまま立ち去っていったのだから。


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