とある画家の原初追憶
「 豚を雄雄しく描くことはできる。
だが、豚をモデルに聖女を描くことはできない 」
現代の画家 ティオルド・チアーフ はとある記者の質問にそう答えた。
ティオルドは今最も注目されている若手の画家だ。
本人はタイトルをつけていないにも関わらず、
「月下の君」と巷間で呼ばれるようになった絵の作者である。
かくいうその記者もその絵の評判で興味を持ち、
ティオルドの元へ押し寄せたのだった。
記者は
「なぜティオルドさんは耳目絵の絵師として活動されているのですか?失礼ですが、貴族や王家のお抱え絵師ともなれば安泰。そしてそれだけの腕をあなたは持っていらっしゃると思うのですが。」
と尋ねた。
それに対する回答が冒頭の一言であり、聞く人が聞けば怒り狂うだろう。
ただ、彼の絵の純粋なファンである人たちは概ね"さもありなん"と納得を示し、苦笑するに留める。
彼の絵は、”ありのまま”を描く画風だったからで、
その絵に共感するファンは基本的に穏やかな人が多い。
ティオルドは自身の原点を回顧する。
自身の絵が売れ始めて調子に乗っていた自分を思い出さざるを得ず、苦笑する。
とある貴族の目に偶然留まり、その貴族の当主の自画像を描いた。
画家は腕が立つだけでは食っていけない。
自身を売り込む機会を得る運が必要だ。
当時の私はがけっぷちで、正に背水の陣(渡来人の世界の言葉)で望んみ、結果からいえば上手くいき、その貴族には大層喜ばれ、貴族の伝で宣伝してくれたものだった。
多くの貴族から依頼されるようになり、画家として頂点に立っている
と調子にのっていた私の元にとある伯爵家から依頼が来た。
これが悲劇の始まりとなる、とは気づかずにむしろこの機会を得てさらに一段上へと昇っていけると思っていた。
伯爵家からの依頼は令嬢の自画像を描くことで、貴族からはよくある依頼の一種である。
貴族の令嬢と言えば他の貴族との婚姻により地盤を固める手段である。
自身の娘を売り込むために腕の良い画家に描かせ、相手先に送るということが流行っていたのだ。
そのため腕のよい画家を貴族が囲う動きが広まっており、それは画家にとってもパトロン(出資者)を得る良い機会でもあった。
そしていざ、令嬢と対面となったとき、ティオルドの画家としての眼が彼女の本質を捉えた
---神は言っている。
とんだ愚物である、と---
今にして思えば、腕だけでなく、先見の才ある画家たちは伯爵の令嬢の情報を集め、かの家に関わらないようにしていたのであろう。
そのため、画家を手元に置いておけなかった伯爵家が眼をつけたのが愚かだったかつての俺だったわけだ。




