とある衛兵の苦悶
例えば、取り扱いの禁止された商品をこっそりと売買して儲けようと悪事を企てたとき、その商品は利益をもたらす可能性と、見つかれば己の立場を貶める、という危険性を内包している。
自らの意思で悪事を行い、もしもの場合にも責任をとる覚悟があるのならそれは「自業自得」の一言で済まされるのだが、世の悪人という輩は利益は自分のもの、失態は押し付けるものとするのが常である。
渡来人たちの世界では確か「ジャイアニズム」と言っただろうか。
全くもって実に度しがたい。
密かに巻き込まれたり、トカゲの尻尾切りをされたものからすればたまったものではない。
いや、「例えば」ではない。
今我々が直面している事件そのものなのだ。
相手は王国でも有数の貴族である。
他国と手を結び、麻薬を持ち込み影で蔓延させて中毒者を相手に金貨を巻き上げ、金のない相手からは本人、家族を奴隷として引っ立てる。
まだ王国の一部でしか広まっていないが、時間の問題だ。
すでに治安は悪化の一途を辿っている。
本当は一国も早く”貴族”を捕縛したいのだが、相手は流石に貴族、確証もなく踏み込むこともできず、被害は拡大し続けている。
何より、”貴族”は隣国との間の関所に詰めている我々の同輩に責任を押し付ける手はずを整えていることを匂わせている。
同輩は自分が逮捕されてもいいからこの麻薬事件を広めないことが大事だと言っている。流石に事件が明るみになった後は警戒して手を控えるだろう、と。
麻薬の取り扱いは「死罪」である。
あの売国奴のくそ貴族がのうのうと過ごし、正面だって言えないが、尊敬する同輩が冤罪で死刑になり、その名を貶められる。
むなくその悪くなる話だ。
なんとか出来る方法はないか必死になって考えている。
被害は確実に増加し、同輩自身が自分を逮捕しろ、手遅れになるぞといってきた。アイツはひどいやつだ。俺が平気でそんなことをできるやつとでも思っているのか。
明日、”貴族”の家に踏み込むことになった。
結果は同輩の死罪だ。
なんとかならないか未だに覚悟を決められない俺をめめしいと思うならそれでもいい、なんとかしてくれ。
雲が月を遮ったのか、部屋が急激に暗くなり、再び明るさを取り戻したとき、俺のいる執務室の、机の上に紙束が置かれていた。
それなりに重要な書類も扱う以上、この部屋は見かけ以上に保安は厳重である。周囲を警戒しつつ紙束に目を通せば、それは俺が最も欲しかったものだ。その紙束には一枚のカードが裏にして挟まれていて、
「立場が上のものを巻き込め」
と書かれていた。
そうだ、相手は”貴族”だ。
どんな手で潰されるか分からない。
確実に事を運ぶならそれより身分が上のものの手を借りるしかない。
もしもそのお方が悪事に加担しているのなら、それはもうこの国はどうしようもないのだ、と腹をくくって駆け出した。
もう時間がない。
減給だろうが、いやクビだって構わない。
本来一介の衛兵がどうこうできる相手ではない。
城へと乗り込んで取り押さえられようとした俺のそばを偶然その人が通りかかった。
「彼は?」
まだ若いが、十分威厳を兼ね備えた声だった。
「はっ。今朝早くから陛下にお目通り願いたいと、立場も弁えず突っ込んで参りましたので、御覧のように取り押さえてございます」
「これさえ、目を通していただけるなら、牢でもどこにでもぶち込めばいい!だから、たの…お願いします」
槍を突きつける近衛兵を手で制して”王”は側に近寄ってくると、俺は自然と膝まづいていて、書類を掲げていた。
慌てる兵をものともせず、紙を取り上げると、一睨みしていう。
「彼を丁重に扱うように。」
そういって此方へと身体を向けた王は
「よく来てくれた。安心するといい、悪いようにはしないさ。」
支持を出しながら歩く王を見たまま、その後どうしていたか記憶にない。まだ若い王の覇気に当てられて高揚していたのかもしれない。
「伯爵密輸事件」と名づけられた事件は国王自らの差配で幕を下ろした。
幸い減給も首になることもなかった。
友人も無事だったようだ。
機密書類を俺に託してくれたのが誰だったのかは未だにわからない。
神様だったとしても、泥棒がうっかり落としたのだとしても感謝せざるをえない、俺は衛兵には向いてないのかもしれないな。そう思いながら
兵舎へ向かう足取りは軽かった。




