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来るべき日が来た!
俺の思考はいつの間にかそんな風に考えるようになっていた。
この心変わりを笑いたくば笑えばいい。
俺はどう思われようと実をとるのだ。
試遊体験コーナーの開始時刻は午後1時。
にも関わらず、午前中、正確には本日未明からそわそわと落ち着きがなかった。正直に言おう、昨日の夜から興奮して眠れていない。
仕方ない、もう出かけてしまおう。
今更ではあるが俺は現在地方の大学へ通う2期生で、
住んでいるところは大学から駅二つ分離れている。
周りの連中からは、折角の一人暮らしなのに不便じゃないかと言われるが、家賃、住環境などを総合的に考えて何一つ不満はない。
いや、駅二つ分とは言え、電車を使わずに住むのなら、その分長く眠れるのか・・・いや、駄目だ。こういうのは近い人ほど遅刻したりするものだ。ある程度の節度が必要なのだ!決して自身への言い訳などではないのだ。今日のイベントがあるのも、大学のある町なので定期で問題なく行ける。駅前のファーストフードで朝昼兼用の食事を済ませると辺りの店を見て回るが、こんな日に限って時間の進みが遅いような気がする。もう気になる店も見尽くした感が否めない。
早めにいくことを前提にしてもまだ2時間以上あるのだ。
店員さんの視線に気づかない振りをしながら立ち読みし続けるには余りにも長すぎる時間だった。
結局早めに目的地へと行くことにした。
建物をというか、部屋を借りる都合上、あまりにも早く行きすぎた場合、建物自体開いてないことも考えられるが、準備などもあるだろうし、流石に大丈夫だろうという、つまりまぁ気が逸ってどうしようもなかった訳で。
目的の建物は結構綺麗だ。
何でもどこかの会社の所有しているらしいが、研修なんかに使われていない時には余所へ貸し出したりもするのだそうだ。
駅前で、綺麗でそれなりの広さもあるためなかなかに好調な貸し出し具合だとか。
そんなところを借りられるだけの余裕がある・・・?
と、入り口へと向かったところで驚愕である。
スクショの美人さんが荷物を台車に乗せて運んでいる!
いや、荷物とか台車はどうでもいい。
実際に存在しているなんての一言に尽きる。
そして同時に、スクショの背景はどこかで撮ったものの合成なのだろうと失望していた。
「あら?こんにちは。もしかして体験者の方ですか?すみません、まだちょっと準備の途中でして・・・。」
俺の視線に気づいたのか、美人さんがこちらへと振り向き、挨拶してきた。
「あ、ええと、こんにちは。いえ、電車の関係で早くついてしまって」
ちょっと同じ生き物と思えない人に話しかけられてテンパってしまう。
地毛だって言ってるのに教師にはよく目をつけられたっけってそうじゃない。信号が赤いのは赤が最も人間が注意を向けてしまうから、というのなら、今の俺をみたお姉さんは俺を警戒してしまうかもしれない。
というか、日本語流暢だな。
美人のお姉さんは微笑みながら
「ご参加ありがとうございます。試遊は参加の方が皆さんが揃って説明してからになりますが、資料のほうをお読みになってお待ちになりますか?」
しどろもどろに返事をしながら台車を押すお姉さんについていく。
エレベーターに乗って、2階の奥の部屋へと誘われる。
会議なんかでよく使われるという部屋らしいが、今日はプレゼンテーションや講義のように、前面に彼女が立つのであろう教壇のようなものがあり、そちらの方向に向けるように3列になが机が並んでいる。
「ええと、あったあった。申し訳ありませんが、こちらの方にご記入戴けますか?」
そういって渡された紙は参加申し込みした人と確認するためのもののようである。
「ええと、深山 真さんですね。申し遅れましたが私
上比奈 六花と言います。改めてご参加ありがとうございます。こちらが今回紹介する機体の資料になります。」
ぶ分厚ぇ・・・。渡された封筒はタウ○ページ、とまでは行かずともそれなりの厚みがあった。ってそうじゃねぇええ。彼女に視線を向けると、
「私、養子なんです。日本人の血は流れておりませんが日本で育ちました。逆に日本以外のことのほうがよく知らないんですよ」
俺の顔を見てなにが言いたいのか分かったのだろう、苦笑しつつそう言い、続ける。
「それをお読みになっていればいいお時間になるかと思います。」
そ、そうでしょうね・・・。
携帯の説明書などとは異なり、それは予想以上におもしろかった。
画像だ。スクショの印刷、と思われるものが多数印刷されている。
イラスト集でもこれだけ写真が使われていることはないだろう。
もちろん、実際の彼女と変わらない写真で。
彼女の異世界生活の旅日記であったり、各地の旅行記だったり、
まぁ、まず最初にドラゴンと彼女が戦っている写真の時点で俺の疑いは木っ端微塵になったわけだが。
彼女の人柄か?そんなものこんな短時間でわかるはずがない。
あまりにも精巧な画像か?画像は編集できる。
強いて言うなら、それは俺が信じたいから。
この世界に飛び込んでみたいから。
最も単純で、強い、なんの根拠もない根拠。
それで十分だった。
夢中になっているうちに、時間が来たのだろう。
気づいたら人が集まっていて、
「一人いらっしゃいませんが、時間ですので始めます。」
開始の挨拶が始まった。
彼女の簡単な自己紹介から、今回のゲームづくりについて。
要約するならば、異常な点は2点。
・このゲームはいわゆる認可を受けていない
・それにより正式な販売はされず、寄付に対する試遊機の提供という形 をとる
というものだ。まず先にそのことを告げたのは彼女に騙す気がないからか、それとも油断させるためなのか。そう考えた人も少なくなかったろう。もともと17人しかいなかったが。
「このゲームに使われている技術はおそらく本来まだ得られるはずではなかったものです」
対する返答は全くの予想外で幕を開けた。
「この技術を登録し、公開されれば悪用されるのは目に見えています。残念ながら、この国であっても、もちろん他の国であってももこの件については安易に信用できません。しかしながら、この技術の悪用に対する対抗策を得るために実証のデータが必要なのも事実です」
「俺たちはモルモットってことかよ!」
参加者の1人が立ち上がり、叫ぶ。
「そういう1面も否定できません。但し、私はWIN-WINの関係、つまり制作者が一方的に利益を牛耳るようなものではなく、遊ぶ側にとっても十分に満足できるものにしたいと考えております。それゆえにはじめにこうしてお伝えしております。」
対する彼女は冷静だ。恐らくこうした反応は予想済みだったのだろう。
「残念ですが、この件にご納得頂いた方にのみ提供せざるを得ません」
この時点で3人が途中で離席した。
まぁそうおかしいことじゃないだろう。
「では時間も限られておりますし、なるべく体験の時間をとりたいので説明はこの辺にしたいと思います」
明らかな説明不足にも不満は上がらなかった。
多分、体験できるのか?だったらその方が早いと思ったのだろう。
俺がそうだ!
「毒味、というのもおかしいですが、私がまず模擬機を使います。本来の仕様ではありませんが、スクリーンで画面に映します。事前に録画したものでないと証明するため私が向こうでする動作を決めてください」
ええと、つまりなんだ。
今から言うことを向こうの世界でするから事前に仕込めない、動作で証明しようってことだな。
何人かがエッチな動作を要求して、流石にそれは断られている。
というか無駄な勇気を振り絞るな!
仕方ないので妥協点のポーズを示す。
「そ、そんなポーズをとるんですか?とは言え仕方ありませんね」
そう言って彼女は専用のマスクを被ると、
[Legend of Liberated Lives]
の文字がスクリーンに表示される。
「リリース、オン!」
の一言で画面が大きく変わる。
森の近くの小さな村、だろうか。
現実ではもはや存在しないであろう風景だ。
それ故にリアルだ、というのがはばかられるが、CGとかそんなもので済ませられるものではない。
と思っていると、六花さんの幼いバージョンの子供が登場し、キョロキョロあたりを見回す。
誰かが「幼女!幼女!」と騒いでいる。
変態め。
幼女は人気のないところへと向かい、もう一度辺りを見回すと俺の言ったポーズをする。
うん、まだ不慣れながら、上出来な「シェー」だ。
「嬢ちゃん、そんなところでなにやってるんだ?」
背後から誰かに話しかけられて顔を赤くした彼女は慌ててログアウト?した。